「何を言い出すのかと思って聞くと、『先輩たちがうまく対応できているのは、きっと定型文を使ってるからですよね。私もそれをもらえませんか』なんて言うんです。そんなものはないと言うと、なんで定型文がないのにうまく対応できるのか分からないと言って、自分はそれがないと困るから定型文がほしいと言われてしまって……」
『自分の頭で考えて対応するのが苦手なんですね。これまでの仕事ではマニュアルに沿って行動すればよかったんですかね?』
「確かにそうかもしれません。それでマニュアルを要求してきたんでしょう、きっと。なにしろ『商品の問い合わせがあったときの定型文、注文をもらったときの定型文、キャンセルがあったときの定型文、苦情があったときの定型文とか、いろんなケースごとの定型文をもらえれば、それに従ってうまく対応できると思います』って言うんです。これまでそんなことを言われたことがないので、困ってしまいました」
『それは困りますね。全てを定型文で乗り切ろうとしたら、ありとあらゆるケースを想定した定型文を用意しないといけないし、それは現実には無理ですよね』
「そんなことできませんよ。おっしゃるようにいろんなケースがありますし、実際にそんなもの作れませんよ」
『それに、ロボットみたいに定型文を口にされても感じいいものではありませんよね。やはり人間味が感じられないと、突き放されたように感じてしまうでしょうね』
「まさにその通りです。彼の言い方を聞いてると、どうも人間味が欠けてるように思うんです」
『自分で考えた言葉を発すれば、その人らしさも伝わりますけど、定型文をそのまま口にするのでは、人間味が希薄になってしまいますよね。その方には、相手の気持ちを想像する心の習慣を身につけてもらう必要がありそうですね』
「みんなが言うのもそこなんですよ。相手が気分を害するんじゃないかってハラハラするような言い方を時々しているようなんです。本人に注意しても、とくに相手方から文句を言われることもないから大丈夫です、なんて言うんです」
『おそらくご本人は、相手の言葉に繊細に傷つくタイプではないんでしょう。だからみんなもそうだと思ってしまうんでしょうね』
「そうかもしれません。アドバイスしても的外れな応答になるし、結構図太いところがあるので。だけど、いろんな人がいますし、彼より繊細な人のほうが圧倒的に多い気がします。嫌な感じがしても、向こうも大人だからあからさまに文句を言わないんでしょうけど、やっぱり関係が悪化しても困るし……」
『そうですよね。それに加えて、何につけてもマニュアルに頼らずに、自分の頭で考えて、試行錯誤する習慣を身につけてもらうことも大切かもしれませんね』
「確かにそうですね。何しろ定型文をくれなんて、これまで誰からも言われたことがないし、みんな自分の頭で考えて対応してるわけですよね。それができるようにならないと、この先どんな部署に行っても困りますね」
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