「それでは始めます。はいっ!」
大きく手をたたく音が響くと、4〜5人の若者たちが芝居を始めた。歌って踊るシーンも交じるミュージカル仕立てだ。
短いストーリーを演じ終わると、若者たちは整列し、その前に居並ぶ会社社長やプロのミュージカルのプロデューサーからのフィードバックを受ける。飛んでくる言葉は「これじゃ、おゆうぎ会みたい。恥ずかしくないの?」「何を訴えたいのか、全然伝わってこない」など、厳しいものだった。
これは、オートモビリティサービスを提供するプレミアグループの「バリューミュージカル研修」の一幕だ。
対象者は、プレミアグループに新卒入社して3年目の全社員。2025年は19人が山梨県小淵沢町にある研修所に集まり、3日間にわたってミュージカルカンパニー「音楽座ミュージカル」(以下、音楽座)のプロデューサーや俳優たちの指導を受けた。
Z世代と呼ばれるこの世代は「失敗を恐れる」「打たれ弱い」などと言われる。人前で演技を発表したり、それを厳しく批判されたりすることにはきっと抵抗感があるだろう。ヘタをしたら会社を辞めたくなってしまうかもしれない。
そんなリスクを犯してまで行われるこの研修の狙いは? 得られる成果は? そんな疑問を抱き、研修の様子を取材した。
まず、この研修を企画したプレミアグループ グループ広報・教育部部長の田中真琴さん(VALUE代表取締役)に話を聞いた。
田中さんが代表取締役を務めるVALUEは、それまでは外部の研修会社に委ねることが多かった社員研修を自前でやっていこうと2020年に設立された子会社だ。
ちょうどコロナ禍で集合研修を実施する場所を借りるのが難しかったこともあり、山梨県に自社の研修施設も備えた。そこでは今回の3年目研修に限らず、毎月のように宿泊型の研修が行われているというから、プレミアグループの研修への力の入れようがうかがえる。
「バリューミュージカル研修」誕生のきっかけは、田中さんが人材開発・人材育成に関する社外の勉強会で音楽座と出会ったことだったという。
音楽座は1987年に旗揚げした日本のミュージカルカンパニーの老舗だ。上演作品は『リトルプリンス』など原作のあるものも含めて全てがオリジナルの脚本で制作され、数々の賞を受賞するなど一定の評価を得ている。
その音楽座が近年力を入れているのが、企業や学校向けの「人財開発研修事業」で、田中さんは勉強会で音楽座の研修を一部体験し、感銘を受けたのだ。
「勉強会の中で、星の王子さまの言葉として有名な『大切なことは目に見えない』を“感じる”というワークがとても印象に残りました。そして、自社での研修において追求したいのも、目には見えない大切なことをいかに伝えるかということなのでは、と気付いたんです。音楽座さんにはすぐに社員向けの研修をお願いし、対象者やプログラムを試行錯誤しながら、研修を作り込んでいきました」(田中さん)
プレミアグループは「常に前向きに、一生懸命プロセスを積み上げることのできる、心豊かな人財の育成」をミッションの一つに掲げており、特に「強い・明るい・優しい」というバリュー(全社で共有する価値観)を浸透させるための研修を重視している。バリューというのは正に、田中さんが「目に見えない大切なこと」と表現したものの一つだろう。
その後、田中さんは音楽座の『SUNDAY(サンデイ)』(以下『SUNDAY』)という作品を知り、これを題材に入社3年目の社員がミュージカルを創作し、演じるという研修を着想。VALUEと音楽座と共同で作り上げたのが「バリューミュージカル研修」だった。
「『SUNDAY』のテーマは、“私が終わる 私が始まる”というものです。入社3年目というのは、後輩の面倒も見たりする立場になり、もう新人とは言われなくなる時期ですよね。仕事の要領もつかみ、手を抜くこともできるようなタイミングです。社会的には入社3年以内の離職率が注目されるなど、一つの区切りのようなときでもあります。そんな3年目に、自分のこれまでを振り返り、新たな目標を定めて心機一転できるような機会を会社としてもつくり、彼らが目標に向かうのを応援したいんです。それには、“私が終わる 私が始まる”というテーマがぴったりだと思いました」(田中さん)
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