3日目の最終発表の時間には、4つのチームが互いに作品を披露した。中間発表のときと大きく内容が変わったチームもあれば、基本的な筋は変わらず、しかしテーマがより伝わるようにセリフや歌などの表現方法を磨いたチームもあった。どのチームの演技も、中間発表よりも熱気が感じられるものだった。
田中さんは講評の場で、「3日間を通じて、各チームが変化していく様が大いに感じられた」と参加者たちの成長をたたえた。また、「最終発表での演技はどれも自分たちのこれからに思いをはせ、自分たちに言い聞かせるような作品だったからこそ、伝わってくるものがあった」と感想を述べた。
あるチームの作品は、中間発表と最終発表とで登場人物はほとんど同じだが、展開するストーリーや最後のオチが大きく変わっていた。
チームメンバーの皆さんに話を聞くと、中間発表で「やっててうそくさいと思わない?」「それじゃ趣旨が伝わらない」といったフィードバックを受け、自分たちが伝えたいメッセージを改めて深掘りし、ストーリーを練り直したそうだ。そのために前日の晩にも納得いくまで話し合い、当日もギリギリまで創作、練習を続けたという。
そこまで真剣に取り組むモチベーションを、皆が最初から持っていたわけではなさそうだ。研修に参加する前は、「ミュージカルをやる」以上のことは分からず、参加したことのある先輩に聞いても、「あれは、しんどかった」くらいしか教えてもらえなかったそう。一人が「嫌だな、という気持ちがめちゃくちゃあった」と言うと、他のメンバーも大きくうなずいた。
だが、最終発表までやりきった今は達成感があり、ミュージカルで表現した「全力でやってみないと分らない。だからやってみよう」ということを仕事でも実践してみたい、と笑顔を見せてくれた。
参加者たちの様子からは、できれば目を背けたいようなことも含めて自身の社会人経験を振り返り、チームメンバーの力も借りて内省を深める様子が見て取れた。参加前は嫌だった研修にそこまで真剣に取り組み、仕事へのモチベーションを高めるまでの結果が得られたのはなぜだろうか。
ここからは筆者の推測だが、それはひとえに、ミュージカルのプロである研修講師たちが真剣であったからではないだろうか。素人が相手であっても手を抜くことなく、プロとしてミュージカルに向き合う姿勢を眼の前にすれば、参加者たちも真剣にならざるを得ないだろう。
世の中には、参加者を何日間も拘束し、とにかく大声を出させたり、人格否定をするような言葉を投げかけたりし続けて思考能力を奪い、ブラックな会社に順応させる「ブラック研修」というものも存在する。そういう研修と「バリューミュージカル研修」の違いは、講師陣が自分たちの本当の生き様を見せているかどうかという点にあると感じた。
手法は必ずしもミュージカルでなくても良いかもしれない。だが、自分の人生をかけて仕事に向き合うことが素晴らしい成果を生み出し、それが人生の充実にもつながるということを伝えるのに、プロのミュージカルカンパニーの人々のあり様を見せるというのは、とても効果がありそうだ。
3日間にわたり指導に当たった藤田さんは筆者に対し、「達成感よりも深く心に残るものを提供したい」と研修にかける思いを語った。
「石川さんの話は、若い皆さんにはまだ分らないかもしれません。でも、人生のどこかで『そういうことだったのか』と気づいてくれれば良いと思っています」(藤田さん)
この研修でどこまで真剣になれるかは個人差があるだろうし、仕事の場でここまで自分をさらけ出したくないという人も、当然いるだろう。
しかし、自分たちの哲学を本気で伝えようとしてくれた研修講師たちの姿勢に何かしらの刺激を受けた参加者は多いはずだ。藤田さんの言うように、いつか壁にぶつかったときやライフステージの変化のときに、ここで出会った人たちの言葉や行動の意味に気付くかもしれない。そう考えると、この研修は会社から3年目の社員たちへの意義深い贈り物のように感じられた。
コクヨ、ベネッセコーポレーションで11年間勤務後、独立。2013年より組織に所属する個人の新しい働き方、暮らし方の取材を開始。『くらしと仕事』編集長(2016〜2018)。「Yahoo!ニュース エキスパート」オーサー。各種Webメディアで働き方、組織、イノベーションなどをテーマとした記事を執筆中。著書に『本気で社員を幸せにする会社』(2019年、日本実業出版社)。
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