慶應義塾大学法学部政治学科卒業(首席)、同大学院法務研究科修了後、2012年司法試験に合格。複数法律事務所で実務経験を積んだ後、2015年佐藤みのり法律事務所を開設。
宮崎産業経営大学(宮崎市)で、「教員同士で結婚した夫婦の妻が、大学から雇い止めを通告された」というニュースが話題になっています。
報道によると、2人は2024年7月に結婚。大学側に結婚の報告をしたところ、女性を雇い止めにする通告があったといいます。また、撤回を求めたところ規律違反を理由に夫婦は懲戒処分を受けたと女性は説明。女性は教員から事務職員に配置転換、男性は教授から准教授に降格したといいます。
女性と男性は大学側を提訴しましたが、大学側は「小規模大学のため夫婦共稼ぎはご遠慮いただく」という不文律があることなどを理由に挙げ、裁判で争う姿勢を示しています(参照:NHK『“結婚で雇い止め”教員務めていた夫婦が宮崎産業経営大を提訴』)。
今回の件に限らず、一般企業や学校などでは、社内結婚をした場合片方が異動する。異動するのは女性ーーというケースが目立ちます。また、社内結婚をした夫婦の片方が「転勤」になった場合、もう片方がついていくためにエリア総合職などに職種を変更し、給与を減らして勤務地の融通を利かせるケースも多く存在します。
社内結婚では、片方が異動に伴いキャリアチェンジを強いられることも多いですが、こうした対応は、法律上問題はないのでしょうか? 宮崎産業経営大のケースに基づき、コンプライアンス問題に詳しい佐藤みのり弁護士が詳しく解説します。
原告側の説明によると、2人が結婚し大学側に報告したところ、学長から女性を年度末で雇い止めにすると通告され(1)、雇い止めの撤回を求めると、規律違反を理由に戒告の懲戒処分を受け(2)、女性は教員から事務職員に配置転換され、男性も教授から准教授に降格された(3)とのことです。
(1)の雇い止めについては、「過去に反復更新された有期労働契約で、その雇い止めが無期労働契約の解雇と社会通念上同視できると認められる(実質無期契約タイプ)」または「労働者において、有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があると認められる(期待保護タイプ)」場合、使用者による雇い止めが、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないとき」は認められません(労働契約法19条)。
本件における女性と大学との契約がどのようなものであったのか明らかではありませんが、先述した実質無期契約タイプまたは期待保護タイプのいずれかであった場合には、雇い止めをするためには、客観的かつ合理的な理由や社会通念上の相当性が必要となります。雇い止めの理由が「職場結婚したこと」であるとするならば、合理性や相当性が認められない可能性が高く、雇い止めは違法になるでしょう。
(2)の懲戒処分についても、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は無効」とされます(労働契約法15条)。裁判でもその点が争われることになるでしょう。原告側が主張しているように、職場結婚を主たる理由に懲戒処分をしたのだとすると、違法無効と判断されるでしょう。
一方、大学側は、女性が学生だった頃から2人が不適切な関係にあった上、男性が大学側に直談判して女性を教員に採用させたと主張。規律違反にあたるため懲戒処分をしたとしています。これに対して、原告は事実無根と訴えており、裁判でも争点になると想定されます。
(3)の配置転換や降格は、人事権に基づくものと考えられます。これも無制限にできるわけではなく、社会通念上著しく妥当性を欠き、権利の濫用と認められる場合には無効と判断されます。その際、使用者側における業務上・組織上の必要性、労働者側の帰責性、労働者の受ける不利益などが総合的に考慮されます。
裁判で、配置転換や降格についても争われる場合、権利の濫用といえるかどうかが争点になるでしょう。この点についても、職場結婚が主たる理由であるならば、権利の濫用にあたり、配置転換や降格が無効とされる可能性が高いでしょう。
成人の交際については、当人らの自主的判断に委ねるべきであり、一般に、交際している事実を職場に伝える必要はありません。交際により、職場に具体的な悪影響が出たり、業務の正常な運営を阻害したりするようなケースでは、交際したことを理由に懲戒処分などが認められることがあります。
裁判では、採用前から交際していたことにより、職場や業務にどのような具体的影響があったのかが争われるでしょう。
明文化されているルールであれ、不文律であれ、大学側にどのようなルールがあったかは裁判で争われるでしょう。争った結果、そのルールが違法であれば無効と判断されます。
「小規模大学のため夫婦共稼ぎはご遠慮いただく」という不文律は、言い換えると「大学で勤務する者同士が結婚した場合、どちらかが職を辞さなければならない」ことになります。そして、今回、女性が雇い止めになっていることから、大学における不文律の中には、「結婚したら女性が職を辞するもの」という内容が暗に含まれていた可能性もあります。
男女雇用機会均等法9条1項は、「女性労働者が婚姻したことを退職理由として予定する定めをしてはならない」と定めており、同法6条は、労働契約の更新などについて性別を理由として差別的取り扱いをすることを禁じています。「職場結婚した場合、女性が職を辞するもの」との不文律があったのだとしたら、こうした男女雇用機会均等法の規定に反します。
また、女性に限らず、「いずれか一方が職を辞するもの」との不文律であったとしても、こうした不文律は、配偶者の選択や結婚の時期に関する自由など、「結婚の自由」を合理的理由なく制限することにつながり、違法になると考えられます。
従って、大学側が主張する不文律が存在するのだとしたら、裁判において、違法無効と判断される可能性が高いでしょう。こうした不文律が存在することは、自由な結婚を阻害し、女性の活躍を阻むため、存在すること自体が問題だと思います。
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