「時短メンバーの分も働くことになってしんどい」「育休を取ることで周りのメンバーに迷惑を掛けないか心配」――。
職場内で育児休業や時短勤務など、育児に関する制度を利用する社員がいる場合、周りの社員にとって業務負担が増えてしまうことがあります。働き方の多様化が進む一方で、最近は育児をしながら働き続ける層を「子持ち様」と表現するなど、“周囲の不満”も大きくなっているようです。
今回の記事では、事例を通じて、社員が育児休業や時短勤務制度を利用した場合、不公平感を生まないために会社が取るべき対策について解説します。
Aさん(30歳・女性)は、大学卒業後甲社(食品輸入会社・従業員数300人)に入社し、貿易事務を担当しています。職場のメンバーは10人で、Bさん(30歳でAさんの同僚・女性)は、1年間の育児休業を取得後、今年1月復帰しました。
会社本来の勤務時間は午前9時から午後6時までですが、Bさんは1日6時間の育児短時間勤務制度(時短勤務)を利用しているため、朝は他のメンバーと一緒の時間に出勤しますが午後4時には帰ってしまいます。
育児休業中は残りのメンバーたちでBさんの業務を分担し、何とかやりくりをしていましたが、復帰後はBさんと同じ方面の業務を担当しているAさんが、Bさんができない業務を1人で引き受けることになりました。
残業こそないものの日々の仕事は忙しく、Aさんは自分の仕事に加え、Bさんの仕事の一部を肩代わりしたせいで、毎日2〜3時間の残業をするようになりました。
2月下旬。1月分の給料が支給されましたが、Aさんが給料明細書を確認したところ、自分が計算するより随分少ない額の残業代しかついていませんでした。また自分が休んでしまうと仕事がたまるので、年次有給休暇(有休)を取ることもままなりません。不満を抱えながらもそのまま業務をこなしました。
3月下旬。Aさんは上司のC課長に「業務過多なのでBさんの仕事の引き受け分を減らしてほしい」と頼みましたが、C課長は「こんなときこそ、みんなで助け合わなくっちゃね。君が大変なのは分かるけど、しばらくの間我慢してほしい」と言うばかり。
Aさんが「いつまで我慢すればいいんですか?」と言い返しても、「Bさんの子が3歳になるまで、本人が希望すれば時短勤務ができるからねえ……。今のところ申請は1年で出てるけど延長するかもしれないし……」とお茶を濁します。
C課長の態度にがっかりしたAさん。加えて残業による疲れと残業代の少なさ、有休が取れないことで不満はどんどん膨らんでいきました。
4月の人事評価で、Bさんは主任に昇進しAさんの上司になりましたが、Aさんの人事評価は変わらず、基本給は上がらないままでした。
「自分はBさんが残した仕事を頑張ってしてきたのに、まったく評価されないなんてひどい。でも、Bさんは上司になるんだから、もう仕事を肩代わりしなくてもよくなる」と考えたAさんですが、その後もBさんは時短勤務を続け、Aさんの業務量も変わりませんでした。この状況に、他のメンバー達からも「Bさんは主任だから、もっとそれなりに仕事をしてもいいはず。人事がおかしいんじゃないの?」と不満が出るようになりました。
そして6月のボーナスで、Bさんは時短分の減額はありましたが、主任になったことで基本給が上がり、Aさんとほぼ同額のボーナスを支給されました。
C課長がBさんに「主任になったからボーナスが下がらなくて良かったね」と話しているのを偶然耳にしたAさんは、ついに我慢の限界を超え、翌日C課長に退職届を提出しました。C課長は慌てて引き留めましたが、Aさんの決意は固く6月末で退職することになりました。
育児・介護休業法の定めにより、会社が該当従業員から育児休業や育児による時短勤務の申し出を受けた場合、拒否することはできないので、該当従業員が勤務しない期間もしくは時間分の業務をどうするかを考えなければなりません。代替要員を配置する場合もありますが、特に時短勤務の場合、事例のように他のメンバーが業務を分担するなどして対処することも多いでしょう。
しかし、育休や時短勤務の期間が短いならまだしも、長期間に及ぶと、C課長のように「助け合い精神」で乗り切ることが難しくなります。メンバー達に過度な負担を強いたために、Aさんのように退職してしまうこともあり得ます。そうなれば、人材の損失につながってしまうばかりか、残ったメンバーの業務量がさらに増え、部署の正常な運営が滞ることになるでしょう。
育児休業や時短勤務等の制度利用は労働者の権利ですが、利用をするかしないかは本人に委ねられています。国は施策として育児をしながら仕事が続けられるように、法律によって会社に数々の配慮を求めています。それにもかかわらず、残りのメンバーに対する負担が大きくなればなるほど、申し出する方も制度を利用しづらくなってしまいます。お互いが気持ちよく働けるように、会社は具体的な対策を講じる必要があるでしょう。
具体的な対策を講じる前に、以下の事項を確認、実施します。
2022年の育児介護休業法改正により、労働者本人や配偶者の妊娠が判明した際に、会社側が「育児休業制度などの個別周知」と「育児休業取得についての意向確認」を行うことが義務化されました。育児休業を取得する予定がある場合はその場で期間などを確認しますが、未定の場合は労務管理上必要なので、早めに取得の有無などを申し出てもらいましょう。
メンバーが育児休業制度を利用することになった場合、上司が面談などで本人の業務内容や業務量を把握するようにします。
(1)(2)を踏まえ、具体的な対策を検討、実行します。対処法は大まかには「代わりの人員を補充する」か「代替え人員は置かず他のメンバーで業務分担する」に分かれます。
特に育休が長期間になる場合、代替者を検討します。代替者は、有期契約で新たに雇用する、派遣社員を配置する、他部署から配置転換するなどが考えられます。
代替者を置かない場合、一部のメンバーが負担過多にならないように業務を振り分けます。
イ)を選択した場合には、業務を分担したメンバーに対する配慮が必要になります。配慮の方法や注意点は次のような例があげられます。
・手当を支給する
育休を取る社員が在籍する職場のメンバー全員、もしくは業務を引き継いだメンバーに対して、手当を支給することで、メンバーの功労に報い、職場全体で育児を支援する環境が形成されることが期待されます。
参考:育休社員の「同僚に最大10万円」──三井住友海上、話題の制度がもたらした“想定外の効果”
・公平な人事評価を行う
甲社のように、BさんがAさんより早く昇進し、基本給が上がる場合、2人は同期入社なので、BさんがAさんより実績や成果が客観的に見て上回っていることが必要です。明確な基準がない場合、Aさんだけにとどまらず他のメンバーからも不満が出やすくなります。
あくまでもメンバー個々の実績を評価し、公平な評価を行うようにしましょう。
・残業代は正しく支払う
業務分担により業務量が増え、残業をしなければならない場合、残業代は原則1分単位で計算し、支給しましょう。残業時間の計算において、1日ごとに1時間、30分などと単位を設け、それ以下を切り捨てなどとしている企業も見受けられますが、切り捨て分の残業代が不払いになるため、労働基準法違反の可能性があります。サービス残業は社員のモチベーションを大きく下げる要因になります。
・職務の割り振りを見直す
Aさんのように「業務過多」の申し出があった場合、上司は職務の割り振りを見直す必要があります。残業が多い、休日出勤がある、有休が取れないなどの状態は避けたいところです。対処法の一つとして時短勤務者の業務変更を検討することもあり得るでしょう。
1963年生まれ。旅行会社、話し方セミナー運営会社、大手生命保険会社の営業職を経て2004年社会保険労務士・行政書士・FP事務所を開業。労務管理に関する企業相談、セミナー講師、執筆を多数行う。2011年より千葉産業保健総合支援センターメンタルヘルス対策促進員、2020年より厚生労働省働き方改革推進支援センター派遣専門家受嘱。
現代ビジネス、ダイヤモンド・オンライン、オトナンサーなどで執筆中。
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