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コース料理込みで2万4800円! エンタメの常識を覆す「没入型コンテンツ」のすごさとは廣瀬涼「エンタメビジネス研究所」(3/4 ページ)

» 2025年06月02日 06時00分 公開
[廣瀬涼ITmedia]

価格は「2万4800円」 決して“万人受け”しない

 一方で、この体験が万人受けするものではないことも確かである。というのも、物語全編を通じて高い能動性が求められ、参加者は自ら物語に関与し、登場人物たちと積極的にコミュニケーションを取る必要があるからだ。筆者自身、まさか晩餐会の場で観客全員の前に立ち、ワルツを踊ることになるとは思いもよらなかった。このような「演じること」や「他者からの視線を浴びること」に抵抗がある人にとっては、体験そのものが大きなストレスとなる可能性がある。

 また、演劇的な表現になじみがない、あるいは苦手意識を持つ層も存在する。たとえ世界観が圧倒的に作り込まれていたとしても、それが「作りもの」に見えてしまえば没入することは難しい。消費者が「これはフィクションにすぎない」「演技が不自然だ」と斜に構えてしまえば、どれほど完成度の高い演出であっても、その世界に入り込むことは困難となる。

 さらに、物理的な制約も無視できない。体験中は建物内を多く移動する必要があり、ときには狭い場所や暗い通路を歩くことも求められる。そのため、小さな子どもや高齢者、身体的に配慮が必要なゲストにとっては、参加そのものが難しいケースも考えられる。これに関しては、施設として車いすの貸出を行っていることや、体の不自由な方が参加の場合、負担が少ない特別ルートを設定し、さらにスタッフがサポートする仕組みがあることを留意したい。

真夜中の晩餐会〜Secret of Gilbert's Castle(プレスリリース)

 そして、体験時間120分で2万4800円という価格に対して価値を見いだせるかという点にも疑問が残る。正直高いと思った人がほとんどだろう。

 ただ、例えば劇団ムケイチョウコクが2025年7月17日〜8月24日に東京ドームホテル ウェディングで公演を行う「悠遠のNight Wedding」では、物語の登場人物として、名前と設定を与えられたうえで公演に参加できる“登場人物チケット”と、目には見えない存在として空間を自由に行き来できる“ルーツチケット”が用意されており、それぞれ1万1000円、8800円という価格設定だ。

 イマーシブ・フォート東京内の他のアトラクションにおいても『シャーロック』『東京リベンジャーズ』は7800円、『江戸花魁奇譚』は1万4800円であり、イマーシブシアター体験をする上では、1万円を超えるモノは珍しくはない。この背景には人件費が大きく影響している。真夜中の晩餐会には25のキャラクターが登場しており、それぞれが物語の構成要素として機能している。乗り物型アトラクションのない本施設では、全ての演出が「人間」によって成立しており、本アトラクションに限らず人件費を含めた運営コストも高いと推察される。

 また、前述した通り、本体験にはパン、前菜、メイン、デザート、ドリンクを含むコース料理が提供される。テーマパークのレストランにおけるコース料金が通常3000〜7000円程度である。なお、かつては6800円だったイマーシブ・フォート東京の入場料も、2025年3月の大幅なリニューアル以降は無料化がされている。以上を総合的に考慮すれば、日頃からイマーシブシアターやテーマパーク体験に親しんでいる層にとっては、理解が難しい金額とは言い切れない。

 しかし、こうした体験に慣れていない層や、“演じること”に抵抗のある消費者にとっては、心理的・金銭的なハードルの高い価格設定であることもまた事実である。このように、『真夜中の晩餐会』というアトラクションの価値を真に評価できる層は、決して多数派ではないかもしれない。

 これはコンテンツの質が劣っているという意味ではない。ただ単に、「自分には合わない」(not for me)というだけのことである。

 それを裏付けるように、俳優と間近で交流できる点や、物語が分岐構造を持ち、体験者ごとに異なる展開が用意されているという特性から、他の結末を見たいという欲求が生まれやすい。何度も足を運ぶリピーターも多く存在し、一度体験しただけでは満足できず、繰り返し訪れたくなるほどの“沼”のような魅力を持ったコンテンツでもあるのだ。

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