イマーシブ・フォート東京の新演目『真夜中の晩餐会〜Secret of Gilbert's Castle』は、イマーシブシアター×食というフォーマットで成立している。食べるという行為にエンターテインメント性を付与し、没入体験を提供しているのである。
前回の記事で書いた通り、食事が「演出」として溶け込んでおり、あくまで「物語の一部」として存在。それ自体が体験の重要な要素となる。晩餐会=食事はただの補助的な要素ではなく、物語の構造そのものに組み込まれ、「この世界の住人として、その時間を生きている」ことを実感させられる。客観的にみればテーマパークで食事をするための手段にすぎないのだが、食事がむしろおまけのようになってしまうわけだ。
テーマパークを始めとしたさまざまな場所で、食とエンターテインメントの欠け合わせで「没入感」が提供されている。本稿ではUSJ、ディズニーランドなどさまざまな例を指しながら、同じ「食×エンターテインメント」であっても「何」が没入感を与えているのか、その違いを整理し、「イマーシブ」の理解を深めていきたい。また、企業がプロモーションやブランディング施策で「イマーシブ」を活用する際のポイントも紹介する。
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イマーシブシアター×食というテーマでいえば、マーケティング会社の刀が西武園ゆうえんちで手掛けた『豪華列車はミステリーを乗せて』は、イマーシブシアター形式のドラマティック・レストラン体験である。
ゲストは「ダイニングトレイン レヴァリエール号」のお披露目走行に招待された登場人物の一人として、物語の事件に巻き込まれていく。このショーの特徴は、流れる車窓の風景や車内の照明・音響、特殊効果などを駆使した没入感の高さだ。まるで本当に豪華列車の旅をしているかのような感覚に包まれながら、アフタヌーンティーを楽しむことができる。
ゲストは登場人物と一緒に行動・会話しながら、複雑に絡みあうストーリーを自分だけの視点で体験できる。キャラクターと接点を持てるという点が、ステージショー付きレストランと異なる箇所だが、基本的にゲストは座ったまま観劇する必要があり(キャストの指示により歩くことができる時間もある)自由度や能動性は高いとは言いにくいだろう。
しかし、料金も5400円で、アフタヌーンティーもついてくるため、気軽に食とイマーシブを体験できるという点が評価できる。
『ディズニー・ダイニング・ウィズ・ザ・センス』は、東京ディズニーランドホテルで開催されていた特別なダイニングプログラムである。その最大の特徴は、参加者がアイマスクを着用し、視覚を遮断した状態で食事を味わうというユニークな構成にある。
視覚が奪われることで、聴覚・嗅覚・触覚といった他の感覚が研ぎ澄まされ、料理そのものの味わいがより鮮明に、そして物語性を帯びて立ち上がってくる。会場には『美女と野獣』や『アナと雪の女王』といったディズニー作品の世界観が音楽やキャラクターの声、そして食事を通じて構築されている。参加者はまるでキャラクターと同じテーブルに座り、食事を共にしているかのような感覚に包まれる。
ここで注目すべきは、この体験が「能動的に演じるイマーシブ」ではなく、「感覚と想像力によって物語に巻き込まれるイマーシブ」である点である。視覚という主要情報源をあえて遮断することで、物語への感情的な没入が強く促され、実際にそのキャラクターを“感じ”、涙を流すゲストも少なくなかったという。
「見えない」ことによって、逆に世界が広がる──これは極めて高度に設計された没入体験であり、感覚の制限を通して世界観に“深く染み込む”構造を持っている。
次に取り上げるのは、ANAインターコンチネンタルホテル東京で提供されている『ル・プチシェフ』である。このコンテンツは、最先端の3Dテクノロジーとプロジェクションマッピングを活用した“シネマ・ダイニング”であり、食事をしながら目の前のテーブル上で展開されるミニチュアアニメーションを楽しむという、ユニークな体験形式を取っている。
この体験において、ゲストは基本的に“何も演じない”。動いたり、関わったりする必要はない。従って構造的には、前回の記事で分類した「傍観型イマーシブコンテンツ」に位置付けられるだろう。にもかかわらず、本体験には確かな没入感・没頭感がある。
それを可能にしているのが、映像と食が完全に連動して展開されるという「五感への同時的訴求」である。映像に登場するキャラクター(シェフ)が料理を用意し、物語が一段落すると実際の料理がテーブルに運ばれる。自分の目の前、“手の届く距離”で進行するストーリーに、自然と身体が巻き込まれる。この距離感とテンポこそが、強い没入感を生む鍵となっている。
ある意味では、「ステージショーを観ながらの食事」という従来型エンターテインメントと似た構造を持っているが、映像との物理的距離の近さ、空間的密度の高さ、情報のノイズの少なさによって、より深く集中できる点が際立っている。
次にユニバーサル・スタジオ・ジャパンで不定期で開催されている『サンジの海賊レストラン』。アニメ『ONE PIECE』の世界観を体験できるダイニング型のイベントである。
このレストランでは、キャラクターたちがスクリーンの中ではなく、“実際に同じ空間を歩き回る”。特に、サンジをはじめとする登場キャラクターがゲストのテーブルを回り、目の前で言葉を交わし、時には名前を呼び、感情豊かに接してくる演出は、観客とキャラクターの間の壁を取り払っている。この「キャラクターとの接触の物理性」は、スクリーン越しの視聴体験とはまったく異なる没入感を生み出している。
イマーシブシアターにおける基本原理の一つは、観客が物語世界の“外側”ではなく“内側”にいるという感覚である。『サンジの海賊レストラン』は、行動の自由度や物語への参与度という意味では比較的ライトな構造をしているが、“キャラクターとの同一空間共有”という特化型の没入装置を巧みに活用したイマーシブ体験の一例である。特に、アニメやキャラクターに強い愛着を持つファンにとっては、その世界に自分自身が「存在している」と実感できる特異な場になる。“没入の入り口”として非常に有効な導入型イマーシブ体験といえるだろう。
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