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ディズニー・USJに見る「イマーシブ」活用術 “体験で売る時代”の勝ち手法は?廣瀬涼「エンタメビジネス研究所」(3/3 ページ)

» 2025年06月02日 06時00分 公開
[廣瀬涼ITmedia]
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体験=関係性の生成

 ここまで8つの「食×エンターテインメント」が生み出す没入体験について、その構造的特徴を考察してきた。これらの体験はひとくくりに「イマーシブ」と呼ばれるものの、その内実には大きな違いが存在する。

 例えば、参加者自身が“演じること”や“他者との会話に応答すること”を求められる非傍観型のイマーシブ体験では、参加者は物語世界の一員として積極的に役割を担うことで、深い没入感が生まれる。また、自身の感覚を通じて世界に浸る感受型イマーシブ、あるいは映像演出や空間装飾によって高い臨場感を演出する傍観型イマーシブも存在し、それぞれ異なる設計思想に基づいている。

 なかでも興味深いのは、「体験=関係性の生成」であるという構造だ。入店した瞬間、あるいはサービスを受ける瞬間に、観客とキャラクターやスタッフとの間に擬似的な関係性が立ち上がる。この“関係性の立ち上がり”自体が、体験者をその世界観の内部に引き込み、空間の輪郭を形づくっていく。つまり、他者との関係性を通して、世界観のリアリティーが立ち上がるというわけである。

 さらに、コラボカフェのように作品世界の再現度が問われる体験では、空間演出やメニューの細部が、自分の知っている“あの物語の世界”を現実に具現化する手掛かりとなる。こうした再現度の高さは、そのまま「私はあの世界に触れた」という確かな感覚につながり、観客にとっての没入感を支える重要な要素となっている。

企業がプロモーションで活用するために、押さえるべきポイント

 イマーシブ体験は、顧客をただの「観客」から「当事者」へと引き込む力を持つ。だからこそ、企業にとってこの形式をプロモーションやブランディングに活用することは、大きな可能性を秘めている。

 しかしその一方で、イマーシブならではの構造や負荷を理解せずに導入すれば、「没入させるはずが疲弊させる」「世界観を伝えるはずが置いてけぼりにする」といった事態にもなりかねない。

 イマーシブ体験の主役はあくまで“体験者”である。自社の商品やサービスを“見せる”“語る”のではなく、「その世界にどう巻き込むか」「どんな立場で体験者を置くか」という構造設計こそが最優先されるべきである。例えば、商品が「世界観の中で出てくる自然な道具」や「キャラクターが手渡すもの」として扱われれば、それは広告ではなく物語の一部として記憶に残るのだ。

 また、イマーシブ体験は、参加者に「演じること」「関わること」「選択すること」を求める。そのため、“誰でも楽しめるように設計する”ことと、“世界観を壊さないライン”の見極めが重要である。そのような意味では多くの場合「傍観型イマーシブ」のような見る事で得られる没入体験がプロモーションに導入されることが一般的だ。

 企業によるイマーシブ体験のプロモーション活用の好例として、2023年にメルカリが原宿・UNKNOWN HARAJUKUにて展開した没入型施設「ウチの実家」が挙げられる。

公式Webサイトより)

 この施設では、居間、床の間、台所、兄弟部屋といった“実家”の典型的な空間を2階建てで忠実に再現。来場者はまるで本当に家に帰ってきたかのように、スタッフから“家族のように”出迎えられ、家の中でくつろぎながら過ごすことができる。言わば、都市の中心に設置された「疑似帰省」体験型空間である。

 本体験の設計において秀逸だったのは、この“実家”がただのノスタルジー演出で終わらなかった点にある。体験者は空間の中で「実家にありそうな不用品」と出会い、それらを「捨てるのではなく、誰かに譲る=メルカリで売る」という行為へと導かれていく。つまり、“没入”と“行動喚起”が自然に接続されるよう設計されていたのである。

 このようにイマーシブは単なる演出ではなく、ユーザーを自社世界に迎え入れ、関係性を結ぶ方法である。それは「ブランドの物語に、顧客自身を登場人物として登場させること」と言い換えてもよい。この体験を丁寧に設計し、無理なく、自然に、そして記憶に残る形で提供することこそが、これからのプロモーションが目指す“体験価値中心のマーケティング”の要となると筆者は考える。

著者紹介:廣瀬涼

1989年生まれ、静岡県出身。2019年、大学院博士課程在学中にニッセイ基礎研究所に研究員として入社。専門は現代消費文化論。「オタクの消費」を主なテーマとし、10年以上、彼らの消費欲求の源泉を研究。若者(Z世代)の消費文化についても講演や各種メディアで発表を行っている。テレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」、TBS「マツコの知らない世界」、TBS「新・情報7daysニュースキャスター」などで製作協力。本人は生粋のディズニーオタク。瀬の「頁」は正しくは「刀に貝」。

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