この記事は、『仕事を減らせ。 限られた「人・モノ・金・時間」を最大化する戦略書』(小田島春樹著、かんき出版)に掲載された内容に、かんき出版による加筆と、ITmedia ビジネスオンラインによる編集を加えて転載したものです(無断転載禁止)。
客単価が対前年比1.3倍増。伊勢の食堂「ゑびや」を経営する小田島春樹氏は、データの収集と活用により、隠れた消費者のニーズを分析して、「2000円の値上げ」でも売れる商品を開発した。小田島氏が実践する「データ起点の経営」とはどのようなものか、『仕事を減らせ。 限られた「人・モノ・金・時間」を最大化する戦略書』より解説する。
私たち「ゑびや」が継続的に取り組んでいることがあります。それは「客単価を上げる」ための施策です。
客単価を上げる方法の一つが「値上げ」です。付加価値の高い新商品を開発し、高い価格で販売するのは有効な手段です。その際に活用するのが、「商品別販売数」のデータです。
これは各商品がどのくらい売れたかが分かるデータのこと。なかでも着目すべきは次のような「商品の組み合わせ」です。
これらを把握することが、価格が高くても売れる新商品の開発につながります。
そもそもどの商品がよく売れるかは、外部要因の影響を大きく受けます。例えば、不景気になったり、物価高が続いたりすると、お客さまは財布のひもをきつく締めます。すると、単価の低い商品ばかりが売れるようになります。
しかし、単価の低い商品ばかりを販売していては、店全体の売り上げが減る一方です。単価の高い商品を売るための施策を打たなければなりません。
あるとき、前年を超える数字がずっと続いていた客単価が、急に前年割れになったことがあります。日々データで商品別販売数や客単価を追っていると、消費者行動に変化があればすぐ気付きます。
即座に「商品販売数」を確認すると、単価の低い「てこねずし定食」(1480円)が売れ筋ランキングで1位になっていました。これが客単価を押し下げていたのです。
「てこねずし定食」を注文したお客さまグループの客単価を確認すると、やはり平均より、600円ほど低いことが分かりました。つまり、このメニューを選ぶお客さまは、他の商品もなるべく安いものを選ぼうとするバイアスがかかっていると考えられます。
実際には「てこねずし定食」との組み合わせで多いのが、手頃な価格で提供している小サイズの「伊勢うどん」であることも販売データで確認できました。「てこねずし」や「伊勢うどん」は地域を代表する郷土料理ですから、「伊勢の名物を食べたい」というお客さまのニーズも理解できます。そこで「新しい名物商品をつくる」ことにしました。
「てこねずし」と「伊勢うどん」を組み合わせて注文する人が多いなら、そこに他の名物料理を加えたセットメニューを開発してはどうかと考えたわけです。もちろん、商品価格は「てこねずし+伊勢うどん」より高くなります。ですが、もともと食べたかった2品に加え、プラスアルファも楽しめるお得感があれば、「安いものを選ぼう」とするバイアスのかかったお客さまも注文しやすいはずです。
そこで、「てこねずし」と「伊勢うどん」「松阪牛寿司」「あわび串」を組み合わせた「ゑびやの食べつくし定食」を開発し、3480円で提供を開始しました。その結果、以前は売れ筋ランキング1位だった「てこねずし定食」が4位になり、代わりに新商品の「ゑびやの食べつくし定食」が5位に躍進しました。
これに伴い、客単価は2881円に上昇。客単価の対前年比も127.9%まで回復しました。「ゑびやの食べつくし定食」を注文したお客さまグループの客単価を見ると、平均客単価を1000円近く上回っており、この新商品が全体の客単価を押し上げる力になっていることが分かります。
このように、データ分析にもとづく商品開発を重ね、客単価は上昇を続けています。2012年の客単価は850円でしたが、2024年末時点で2847円に達し、12年間で3倍以上に伸びています。マーケットが許容できる価格帯を把握し、お客さまの購買行動を記録したデータを活用すれば、地方の飲食店でもこれだけの客単価アップが実現するのです。
他にもさまざまな場面でデータを活用しています。
全ての施策はデータを起点とします。「データ分析→仮説→アクション→効果測定・検証→次のアクション」──これを絶え間なく繰り返す。それが私たちの実践するデータ経営です。
これにより「ゑびや大食堂」と併設の土産物店「ゑびや商店」「テイクアウト店舗」を合わせた売り上げは、2012年の1億円に対し、2023年には6億円にまで増加して、11年間で6倍増を達成しました。
何事もデータや数字をもとに考えれば、事業の成功率を高めていくことが可能です。逆にデータを軽視すれば、経営にマイナスの影響を及ぼす意思決定を繰り返す恐れがあります。
なぜデータにこだわるか、本記事の最後にお伝えします。
商売を山登りに例えて考えてみましょう。山頂を目指すためには、山道の行程を把握することでしょう。いきなり高さも距離も道程も分からずに行くと事故につながりかねません。山頂にたどり着いた人がどのような装備や準備をしたのか、自身の体力と照らして、高さや距離は挑戦して問題ないか、天候などの外部要因はどうか、道程が変化している兆候はないか……。それらもある種、データです。山を登るならデータをつかみ、その山の傾向を知り、対策をした上で挑戦するのではないでしょうか。
商売も同様に、現状を正しく把握することが店舗経営の出発点であり、その手段がデータ活用なのです。データ経営のサイクルを回し続ければ、「儲かるビジネス」へと着実に近付いていけます。
私たちのように市場規模の小さい地方でも、成長が困難といわれる飲食業でも、売り上げと利益を拡大できたことがそれを証明しています。どの企業や事業者にとっても、データこそが厳しい経営環境を生き抜くための強力な武器になるのです。
三重県伊勢市にある妻の実家の老舗店を受け継ぎ、「ゑびや」代表に就任。AIなどを用いたデータ分析を取り入れ、経営改革に取り組む。
2018年、株式会社EBILAB(エビラボ)を立ち上げ、来客予測を主軸としたデータ分析システムのサービス開始。マイクロソフト「People who inspired us」にて事例が紹介されるなど、世界からも注目を浴びている。
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