教育業界大手の学研HDをはじめ、近年は多くの教育系企業が介護・福祉分野への進出を加速させている。学研グループは2004年に介護事業へ本格参入し、2025年現在、サービス付き高齢者向け住宅や認知症グループホームなど全国590拠点以上を展開している。2024年度のグループ売上高は1855億円に達し、そのうち医療福祉分野が約900億円と全体の半分弱を占めるまでに成長した。
この急成長の背景には、積極的なM&A戦略の展開がある。特に2018年のメディカル・ケア・サービス(MCS)子会社化や、2025年の新規事業所譲受など、施設・人材・ノウハウの獲得を通じて事業領域を拡大してきた。M&Aによる即時の市場シェア拡大と、既存事業とのシナジー創出によって、学研は教育と福祉の両軸で成長を続ける“基幹産業”モデルを築きつつある。
このM&Aを牽(けん)引するのが、学研HDの細谷仁詩・取締役上席執行役員だ。細谷氏はマッキンゼー・アンド・カンパニーから2021年4月に学研に転職した経歴を持つ。学研の改革について3回にわたって細谷氏に聞いた。今回は介護事業戦略について、深掘りしていく。
細谷仁詩(ほそや ひとし)株式会社学研ホールディングス 取締役/株式会社Gakken LEAP 代表取締役CEO。1986年生まれ。2008年にJPモルガン証券に入社し、株式調査部でアナリストとしての業務を経験。2013年にマッキンゼー・アンド・カンパニーに入社、2020年同社パートナー就任。2021年に学研ホールディングス執行役員に就任、2022年に上席執行役員、2023年に取締役就任(現任)。2021年にはGakken LEAPを設立し、代表取締役CEOを務める(現任)。以下、撮影は河嶌太郎――学研は2004年以降、介護業界に進出し、今や売上高の半分弱を占めています。介護事業の伸ばし方や自身の関わりについてお聞かせください。
私が入社したのは2021年4月ですが、その時点での学研グループの売上高は1400億円台でした。今年度の計画では2000億円を超える見込みで、約5年で600億円、率にして30%の成長を遂げています。そのうち半分以上は、介護事業の伸長によるものです。教育事業は主にM&Aによる拡大ですが、介護事業は自律的な成長が大きな要因となっています。
私自身は現場のオペレーションに直接関わっているわけではなく、また現場に細かく指示を出す立場でもありません。ただ、グループ全体の戦略やビジョンの策定に深く関わってきました。学研グループにおける介護事業の位置づけや、どこまで領域を広げていくのかといった方向性を定義することが、私の主な役割です。現在は高齢者住宅と認知症グループホーム、この2つを主軸としながら、自前の成長とM&Aの両輪で事業を拡大しています。
――細谷さんは、介護事業でどんな施策を実施してきましたか。
具体的な取り組みとしては、2年前に高級ラインの高齢者住宅を運営する「グランユニライフケアサービス」をM&Aによってグループインさせました。従来の学研ココファンは、貯蓄が少なくても入居できる手頃な価格帯の住宅が中心でした。グランユニライフケアサービスではより高いサービスや広い部屋を求める層にも対応できるよう、ポートフォリオの幅を広げています。カテゴリーやクラスターごとにサービスを拡充し、景気や社会環境の変化にも柔軟に対応できる体制を整えています。
介護事業は入居率が安定している一方で、3年ごとの介護報酬改定や景気変動の影響を受けやすい側面もあります。コロナ禍では手頃な価格帯の施設が好調だった一方、高級価格帯の施設は新規入居が減少しました。現在は高級価格帯施設も徐々に回復していますが、こうした波に備え、複数の価格帯・サービスラインを持つことが重要だと考えています。
また、学研グループとしては「地域包括ケアシステム」の実現を掲げており、医療・看護・介護・生活支援を一体で提供する体制づくりを進めています。今後もM&Aや新規開設を通じて、全国的な拠点拡大とサービス品質の向上を図り、介護事業をグループの成長エンジンにしていきたいと考えています。
――カテゴリーやクラスターでサービスを拡充していくというのは、具体的にはどのような考え方でしょうか。
まさに「埋め立てる」形で、各カテゴリーやクラスターの空白を埋めていく方針です。介護事業は、基本的に入居率が安定しているのが強みですが、一方で3年に一度の介護報酬改定や景気変動の波を受けやすいという特徴もあります。例えばコロナ禍では、私たちの施設は「どうしても入らなければならない」方が多く、手頃な価格帯の施設は好調でした。
一方で、高級価格帯の施設は、自宅に住み続けたり、ヘルパーを利用したりできる余裕のある方が多いため、新規入居が大きく減少し、空室が目立つ状況になりました。これは他社でも同様の傾向が見られました。
現在は高級価格帯の施設も徐々に回復していますが、こうした景気や社会環境の波に備えるためには、手頃な価格帯から高級まで、複数の価格帯・サービスラインを持つ「ポートフォリオ展開」が不可欠だと考えています。
また、平均的な入居期間は3年ほどで、常に一定の入れ替わりがあるため、その時々の景気や社会状況に応じて柔軟に対応できる体制が必要です。今後も、幅広いクラスターをカバーすることで、リスク分散と持続的な成長を両立していきたいと考えています。
――学研グループが介護・医療ビジネスに本格参入した当時の経緯や、宮原博昭社長の考えについても教えてください。
学研グループが介護事業に本格参入したのは2004年、「ココファン」が誕生した時です。当時は宮原社長ではありませんでしたが、小早川仁取締役常務執行役員が中心となり、推進チームがリードしてきました。当時すでに同業他社も介護分野に進出しており、少子化による子ども人口の減少を補うため、グループとしてポートフォリオを広げる必要がありました。また、学研ブランドの認知が年配層に偏ってきている中で、どの年齢層にブランドを活用できるかを考えた時、高齢者向けの事業が有効だと判断しました。
さらに、当時は学習教材の直販営業マンが多く在籍しており、そのネットワークを活用して入居者獲得やニーズ把握ができる強みもありました。こうした複数の要素がそろい、介護事業への本格参入が実現しました。ただし、売上高や利益が本格的に伸び始めたのは2010年以降で、10年以上かけてようやく事業が花開いた形です。その後2018年には、MCSをM&Aでグループに加え、介護事業が一気に拡大しました。
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