東北大学は、世界的に活躍する日本人若手研究者を対象に、社会実装と産学共創を本格的に推進する新たなプラットフォーム「ZERO INSTITUTE」を設立した。9月から本格稼働させる。
ZERO INSTITUTEは、産業界やスタートアップ、海外大学の人材を含む多様な研究者が連携する場を提供。従来のマンツーマン型共同研究を越えたオープンなイノベーション創出を目指す。
特にベンチャーキャピタルなど外部資本とも連携し、スタートアップ設立やグローバルな産学連携を加速する仕組みを整える点が特徴だ。企業や他大学に籍を置く研究者や博士課程の学生も客員教員として参画でき、柔軟な働き方と多様なキャリアパスの選択肢を広げている。
東北大は2023年4月、三井住友信託銀行との共同出資会社「東北大学共創イニシアティブ」も立ち上げた(東北大が三井住友信託と仕掛けた産学のゲームチェンジ オープンイノベーションの狙い)。産学連携によって大学発の新規事業開発や人材育成、スタートアップ支援に取り組んでいる。
こうした先進的な取り組みを背景に、東北大は2024年12月、世界水準の研究活動や国際的な連携力が評価され、政府が創設した10兆円規模の「大学ファンド」の支援対象となる「国際卓越研究大学」第1号として認可を受けた。
ZERO INSTITUTEの設立も、産業界や事業会社と共に新規事業や新たなスタートアップ創出を試みる目的がある。東北大は初の卓越大学として、どのような投資を集めようとしているのだろうか。
東北大は、産学連携を起点に新たな革新と価値創出のハブとなるべく、スタートアップ支援の強化を本格化させている。従来の学術研究の枠にとどまらず、大学の研究成果を起点とした社会実装や経済価値の創出に力点を置く方針を明確にし、世界的な潮流とも合致する戦略的な大学運営を進めている。
ZERO INSTITUTE設立も、この戦略的取り組みの一つだ。この背景には、現代の研究と産業界が直面する構造的な課題がある。グローバルに活躍する日本人若手研究者の間では、海外でキャリアを積みながらも、ルーツである日本の社会実装や産学共創に貢献したいという声が高まっていた。これまでの大学や研究機関の仕組みでは、こうした意欲に十分応えきれず、国内外の人材循環や多様なイノベーション創出を阻んできた現実がある点は、「10兆円ファンド」支援対象の東北大 理事・副学長に聞く「日本型研究人事」の課題でレポートした。
産業界からの課題意識も根強い。デジタル変革や持続可能性といった社会課題は多分野にまたがり、先端研究の成果や最新トレンドにアクセスするためには、各地・各分野の研究拠点を横断したネットワークが不可欠となっている。しかし、1対1型の共同研究や既存の産学連携スキームでは、変化の激しいグローバル市場での新規事業創出やスタートアップ支援に十分対応できていなかった。
こうした背景のもと、ZERO INSTITUTEは「N対N」、言わば「多対多」型の連携を軸に据え、世界中から集う若手研究者と企業が自由にアクセスし、コラボレーションできる新たなプラットフォームを目指す。博士課程在籍者を含む若い人材も積極的に受け入れることで、従来にない新しい人材の流れや斬新な事業が次々と生まれる土壌を整備する。ZERO INSTITUTEの取り組みに共感する企業は単独プロジェクトのみに縛られることなく、全体の活動にオープンにアクセス可能となり、ネットワーク型で多様な先端テクノロジーや研究成果に触れられるという。
さらにZERO INSTITUTEは、ベンチャーキャピタルや民間財団を巻き込み、大学や企業の研究成果から、先端技術を使ったスタートアップ創設を支援する仕組みを構築している。これにより、社会実装から資金調達、成長支援までを一気通貫で事業化できるという。この点も、国内外のスタートアップや研究志望者にとって大きな魅力となっている。
東北大の冨永悌二総長も、ZERO INSTITUTE設立の狙いについてこう話す。
「東北大は2024年、国際卓越研究大学の第1号に認定され、さまざまなプロジェクトを進めていますが、今回設立するZERO INSTITUTEもその1つです。若手研究者や産業界が集うプラットフォームとなり、日本国内や世界中から集まった人材が、ここをゲートウェイとしてさらなる活躍の場を広げてほしいと願っています」
ZERO INSTITUTEは、東北大の「研究第一」「門戸開放」「実学尊重」の3つの理念を体現し、社会実装志向の研究開発の伝統を踏まえて立ち上げた。「特に実学尊重という点を重視し、研究成果を社会に還元する歴史を築いてきた」と、東北大で産学連携を担当する遠山毅理事は説明する。国際卓越研究大学としての認定を受け、体制強化を進める中で、新しい時代にふさわしいイノベーションを生み出す土台としてZERO INSTITUTEは誕生した。
研究力強化や社会実装を両輪としながら、ZERO INSTITUTEは若手研究者が自由闊達に力を発揮できる環境づくりを重視する。例えば東北大では、卓越した研究者が独立して自ら設定した研究テーマを追究していく「プリンシパル・インベスティゲーター制度」を積極的に導入。優秀な個人研究者がその能力を十全に発揮できる仕組みを構築した。加えて「ヒューマンキャピタルマネジメント室」を中心として、グローバルな研究人材の獲得と育成にも注力している。
ZERO INSTITUTE設立の原点には、グローバルに活躍する日本出身の若手研究者からの切実な声がある。彼らは海外の大学や研究機関で研鑽を積む一方で、日本との接点や自身の研究を社会に還元する機会を強く求めていた。しかし、日本国内で海外研究者の挑戦を受け止める受け皿が、十分になかった現状があったという。
ZERO INSTITUTEはこの接点となる場として期待が集まる。こうした海外で活躍する若手研究者を客員教員として自らプロジェクトを企画・実行し、産業界はスポンサーとして資金やネットワークで支えるのだ。
AI・ロボティクスや宇宙、ヘルスケアなど新技術分野での革新を、大学の内部にとどまらず社会に広げていく役割を果たす。名前の由来について遠山理事は「ZEROとはゼロベースで物事を考え、既存の枠に囚われず新しい挑戦の出発点という思いを込めた」と説明する。
ZERO INSTITUTEの特徴は多岐にわたる。一つは1対1ではなく「N対N」で集う新たな協働モデルだ。従来の1対1の共同研究では解決困難な社会課題に向き合い、例えばITとバイオの融合など複合領域で新しいイノベーションを目指す場となる。全てのプロジェクトや研究テーマに企業・研究者がオープンにアクセスできる透明性も打ち出している。
また、多様な働き方や参画形態を認め、フルタイム・パートタイム・リモートなど柔軟に関わることが可能だ。若手研究者が企画から推進まで主導できる体制となっており、2028年度までに100人規模の体制を目指している。
スタートアップ支援にも重点を置く。大学や企業に閉じず、社会実装とビジネス化を加速させるため、カーブアウトや資金調達など一気通貫のサポートで成長の道筋を示している。
運営陣には産学連携のキーパーソン、専門家、そして国内外400人以上の若手研究者を支援してきた実績を持つパートナーを迎え入れた。東北大の柔軟性と社会・グローバルネットワークを最大限に生かし、新しいアイデアや技術が次々と生まれ、育つ仕組みの中心となることを目指している。
運営側にベンチャーキャピタルの人間が参画しているのもZERO INSTITUTEの特徴だ。副インスティテュート長を務める渡邊拓氏は、投資ファンド「HERO Impact Capital」を運営し、研究開発型スタートアップへの創業期投資を行っている。渡邊氏はソフトバンクグループのAI特化型のベンチャーキャピタル「DEEPCORE」出身で、投資経験も豊富だ 。
渡邊副インスティテュート長は「まずは、多様な背景を持つ若手研究者たちと多層的に交わる触媒の役割を果たしたい。分野や業界、居場所を問わず、人とアイデアが出会い、種が芽吹く場でありたい」と語る。
「従来の大学発スタートアップ支援は縦割りや閉鎖的になりがちでしたが、それでは国際的な人材や知見の循環は生まれません。ZERO INSTITUTEは、個人や企業、研究者、大学、資本が積極的に交わる横断型の設計にこだわっています。私自身、世界のディープテック・スタートアップと関わってきて、多様な人や資本が協調する場こそが社会変革のカギだと実感しています」(渡邊拓副インスティテュート長)
ZERO INSTITUTEでは、実際に日本国外の研究者や起業家が参加しやすい仕組みや、グローバルなネットワークづくりを進めている。所属を問わず、新たな事業や研究に挑戦できる環境を整えることで、日本に拠点を持ちながらも国際的な知の交流や人材循環のハブとなることを目指している。
日本初の卓越大で、東北大はどのような新たな大学の在り方を社会に見せようとしているのか。R&D、新規事業投資に積極的な事業会社を中心に、産業界全体と連携を深めていく。
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