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日本のDXはピント外れ!? “新幹線方式”にならう真の改革とは?

» 2025年08月26日 08時00分 公開
[乃木章, 今野大一ITmedia]

 日本企業のDXが加速している。背景には生成AIの登場やコロナ禍によってリモート勤務が増えたことなどがある。業界によって進展具合はまちまちだが、今後の日本経済の切り札としてDXが強く期待されている状況だ。

 ICT分野のマーケティング・リサーチを手掛け、業界動向に詳しいMM総研の関口和一代表取締役所長は「日本で使われているDXという言葉は日本独自のローカル言語」だと指摘する。英語圏のDigital Transformation(デジタルトランスフォーメーション)はもともと「人々の生活を豊かにする」ことを表した言葉だが、経済産業省がその考え方を日本に導入する際、あえて「DX」と呼び換え、事業変革のためのキャンペーンとして広めたという。

 関口氏は2019年にMM総研の所長に就任する以前は日本経済新聞社の編集委員を24年、論説委員を15年務め、情報通信分野の最前線を取材してきたITジャーナリストだ。関口所長にDXの真意を聞いた。

photo 関口和一(せきぐち・わいち) MM総研所長。1982年一橋大学法学部卒、日本経済新聞社入社、流通経済部配属。1988年フルブライト研究員としてハーバード大学留学。1989年英文日経キャップ。1990年から1994年までワシントン支局特派員。産業部電機担当キャップを経て、1996年より24年間にわたり編集委員を務めた。2000年から15年間は論説委員として主に情報通信分野の社説を執筆。2019年にMM総研所長に就任。著書に『NTT2030年世界戦略』(MM総研 編著)『パソコン革命の旗手たち』『情報探索術』(以上日本経済新聞)、共著に『未来を創る情報通信政策』(NTT出版)、『日本の未来について話そう』(小学館)

創造的破壊によって、人々の生活を豊かにする それが真のDX

――NECの「BluStellar Report DX経営の羅針盤2024」によれば、 前年と比較して企業のDX着手率は49.6%から95.5%に激増しました。DXの動きをどう見ていますか?

 最初に「DXとは何か」という話をしたいと思います。実は海外ではDXという言葉は存在しないんですね。世界で最初に「デジタルトランスフォーメーション」という言葉を提唱したのはスウェーデンのウメオ大学のエリック・ストルターマン教授だといわれています。2004年に発表した論文「Information Technology and the Good Life」の中で、「デジタル技術で人々の生活を豊かにする」という意味で使っていました。今の日本で使われているDXとはだいぶ意味が違いますね。

 そして2010年代後半になり、経産省が産業を活性化するためのコンセプトとしてその言葉を日本に持ってきました。呼称も「デジタルトランスフォーメーション」ではなく、日本人が発音しやすいように略称の「DX」を前面に掲げ、 「DX推進ガイドライン」なるものを作って広めました。それが日本でDXという言葉が浸透したきっかけです。ですから海外では、今もデジタルトランスフォーメーションと呼び、DXという言葉は使いません。

――DXは日本での呼び方なのですね。海外では2004年ころからDXが推進されてきたのですか?

  「デジタル技術でビジネスのやり方を根本的に見直しましょう」というのがDXの考え方ですが、このコンセプトは今、急に登場したわけではなく、昔からありました。

 米マサチューセッツ工科大学(MIT)のマイケル・ハマー教授と経営コンサルタントのジェームズ・チャンピー氏が1993年に発表した『Reengineering the Corporation』(日本語版は『リエンジニアリング革命: 企業を根本から変える業務革新』)の中で、その考え方が述べられています。彼らは企業の業務フローや組織構造などを抜本的に改革することを「ビジネス・プロセス・リエンジニアリング」(BPR)という名称で提唱しました。

 当時は今ほどデジタル技術が発達していませんでしたが、インターネットの登場に伴い、新たに広がってきたデジタル技術を駆使して「BPRをやりましょう」というのがDXだと、私は解釈しています。

――なるほど。今から30年以上前からDXという考え方があったわけですね。

 80年ほど前には有名な経済学者のヨーゼフ・シュンペーター氏が書いた『資本主義・社会主義・民主主義』の中で、いわゆる「創造的破壊」という言葉が使われました。これは「新しいものを作るには古いものを一旦壊さなきゃダメですよ」ということで、これもいわばDXなわけです。ですから80年前にも、30年前にも同じようなことを言っていたんですね。

 今はこの創造的破壊を「デジタルの力でやりましょう」というのがDXですが、実は日本でもバブル経済が崩壊した1990年代に同じようなことを言った経営者がいました。横河電機の当時の美川英二社長です。

 美川社長は「飛躍的に生産性を高めるには、製品の設計や生産方法を土台からあらためよ」という「新幹線方式」の考え方を提唱しました。私は、この考え方が日本ではDXの根源にあると思います。

抜本的改革の方が「一部改善」より成果が出やすい

――新幹線方式がDXに通じる部分はなんでしょうか?

 電車のスピードを上げるために車両やモーターの性能を少し改造したところで、せいぜい1割くらいしか改善しません。本当にスピードを上げたいのなら、新幹線を新たに設計したように、それまでのやり方を抜本的に変える必要があるというのが新幹線方式です。

 例えば日本の在来線は、線路の幅が狭いですよね。それを欧州並みの広い幅にすると車両が安定するので、スピードが上げられます。線路自体も高架にして在来線と交わらないようにすれば、人を轢(ひ)く恐れもありませんからスピードが出せます。そういった抜本的な改革によって、今まで時速100キロしか出なかったものを200キロ、300キロにしてきたわけですよね。そうした方が1割、2割改善するより、むしろ簡単だと美川社長が言ったわけです。

photo 本当にスピードを上げたいのなら、新幹線を新たに設計したように、それまでのやり方を抜本的に変える必要がある(写真提供:ゲッティイメージズ)

――仕事のやり方を抜本的に見直す「業務改革」という考え方は、昔からあったわけなんですね。

 DXという考え方はずっと昔から語られてきました。それがこのタイミングで、デジタル技術と結び付いたわけですね。デジタル技術は直近でいうなら、生成AIや5G、クラウドなどが大きいですね。そうした技術を全て上手に組み合わせて使うことによって、デジタル変革を促しましょうというのが、サプライサイド(供給側)から見たDXの今の動きです。

 一方、デマンドサイド(消費者側)から見ると、 コロナ禍がDXを進めた最大の要素でした。会社や学校に行けなくなり、「じゃあどうする?」となった時に、デジタル技術を駆使してリモート会議やオンライン教育を実施しました。今までの仕事の進め方や授業のやり方が、根本的に見直されたのです。結果的にDXが大きく進むきっかけとなりました。

――逆に言うと、コロナ禍がなければDXが大きく進まなかったということですね。これはなぜなんでしょうか?

 経営者はデジタル変革を促すことで、会社の経営を良くしていきたいと考えています。ただ注意しなくてはいけないのは、 日本の場合、DXを矮小化して捉えているところがある点です。いわゆる効率化だけが着目されてきたんですよね。先に話した1〜2割の改善ではないですが、DXをやることによってコストの削減や業務の効率化ばかりに目が行ってしまっています。本当のDXはそうではなく、ビジネスモデルを根本からあらため、新しい付加価値を生む経営戦略そのものだということです。

DXの本来の意味は「人々の生活を豊かにする」

――業務を効率化するだけでなく、ビジネスモデル自体を変えることがDXの要点だというわけですね。

 そうですね。その成功モデルが米Netflixです。Netflixはもともと日本のTSUTAYAと同じように、DVDのレンタル事業を展開していたわけですね。それ以前はビデオテープのレンタル事業を手掛けていました。

 それが2008年のリーマンショックで経営が行き詰まり、倒産しかけたわけです。でも共同創設者のリード・ヘイスティングス会長は「このままじゃやっぱりダメだ」ということで、ビジネスモデルを根本から変えようと、レンタルからストリーミングサービスに切り替えました。事業転換にはそれなりにコストもかかりましたし、大胆なリストラもしました。

 ですがデジタル化したことによって事業を効率化し、米国国内に限定されていたビジネスが海外にも進出できるようになったのです。これこそがDXの成功例ですね。こういうことがさまざまな業界でどんどんと起きているわけです。

photo デジタル化したことによって事業を効率化し、米国国内に限定されていたビジネスを海外にも進出させられるようになったのが米Netflixだ(ロサンゼルスの本社ビル。写真提供:ゲッティイメージズ)

――社会的、経済的に困難な状況に置かれた際に、それを打開するための方法論として企業がDXを起こしてきた歴史があるわけですね。

 DXの前にはいわゆる「IT(Information Technology)革命」がありました。1994年以降、さまざまなベンチャー企業などの参入によって、インターネットが急速に普及し、一般の人々にも使いやすい新しいサービスが登場しました。

 そこで生まれてきたのが米国のAmazonやYahoo!であり、日本では楽天です。何が変わったかというと、インターネットのサイバー空間の中で完結して事業が展開できる新しいビジネスモデルが生まれたのです。具体的には、金融、証券、Eコマース、デジタルコンテンツ配信、教育なんかもそうですね。サイバー空間を使って既存のビジネスモデルを変革したのが、いわばIT革命でした。

 それが2010年過ぎころから、AIやIoT、5Gといった新しいデジタル技術が登場し、今度はサイバー空間で展開できるビジネスだけではなく、製造業や物流業、建設業、農業、医療など現実世界のビジネスをも変えるようになりました。それがまさにDXといえます。IT革命になぞらえるなら、「DX革命」が今、起きているといえるでしょう。

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――今、DXが一番進んでいる業界はどこなんでしょうか?

 一番進んでいるのは金融とITサービスですね。最近の生成AIの登場によって、これまでは専門的なスキルが必要だったプログラミングや画像作成なども簡単にできるようになりました。金融やIT産業ではDXが大きく進んでいますね。

 一方、これまで出遅れていたのが製造業や農業、建設業などでしたが、IoTや5G、あるいはドローンといったデジタル技術が登場したことで、現場が抱えている課題を解決しつつあります。その意味では「DX革命」というのは、現場を抱えている現実世界のビジネスモデルを大きく変えていくことを意味しています。ドローンや自動運転車、自動ロボット、3Dプリンターなどの登場は、まさにDX革命の象徴といえるでしょう。

 さらに生成AIが登場したことにより、企業のデジタル変革のみならず、私たちの生活もこれから大きく進化していくに違いありません。まさに真の意味でのデジタルトランスフォーメーションが今後、加速していくことを期待しています。

photo ドローンや自動運転車、自動ロボット、3Dプリンターなどの登場は、まさにDX革命の象徴といえる(写真提供:ゲッティイメージズ)

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