リテール大革命

Uberも断念 ダークストア型即配ECが日本で根付かなかった理由がっかりしないDX 小売業の新時代

» 2025年09月16日 07時00分 公開
[郡司昇ITmedia]

連載:がっかりしないDX 小売業の新時代

デジタル技術を用いて業務改善を目指すDXの必要性が叫ばれて久しい。しかし、ちまたには、形ばかりの残念なDX「がっかりDX」であふれている。とりわけ、人手不足が深刻な小売業でDXを成功させるには、どうすればいいのか。長年、小売業のDX支援を手掛けてきた郡司昇氏が解説する。

 最短20分で生鮮食品や日用品を届ける──。そんな“次世代型サービス”として注目されたクイックコマース(即時配達EC)が、日本で再び幕を閉じました。

 LINEヤフーと出前館は2025年8月31日で、「Yahoo!クイックマート」の終了を発表しました。前身は、店頭販売をしない「ダークストア型」の在庫拠点を構える「Yahoo!マート by ASKUL」として2022年1月から本格展開していましたが、重い固定費を抱えたビジネスモデルは軒並み赤字に。その後、提携企業の既存店舗のインフラを活用する配達代行型に切り替えたものの、1年で撤退に追い込まれました。

 Uber JapanもUber Eats Marketとして、都内6カ所にダークストアを展開していましたが、全店舗が相次いで閉店しました。ダークストア型クイックコマースに必要な投資に対して、収益性の確保が困難だったことが撤退の背景にあると考えられます。

 今回は、ダークストア型クイックコマースが日本市場に根付かない背景を解説。小売関係者が今後のEC・ラストワンマイル戦略を考えるうえでの示唆を探ります。

ダークストア型クイックコマースはなぜ日本市場に根付かないのか。写真はUber Eats Market 日本橋兜町店(当時)2022年2月筆者撮影

著者プロフィール:郡司昇(ぐんじ・のぼる)

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20代で株式会社を作りドラッグストア経営。大手ココカラファインでドラッグストア・保険調剤薬局の販社統合プロジェクト後、EC事業会社社長として事業の黒字化を達成。同時に、全社顧客戦略であるマーケティング戦略を策定・実行。

現職は小売業のDXにおいての小売業・IT企業双方のアドバイザーとして、顧客体験向上による収益向上を支援。「日本オムニチャネル協会」シニアフェロー Nextリテール分科会リーダーなどを兼務する。

公式Webサイト:小売業へのIT活用アドバイザー 店舗のICT活用研究所 郡司昇

公式X:@otc_tyouzai、著書:『小売業の本質2025DX

「ダークストア型」日本市場ではなぜ相次ぎ撤退?

 日本で「クイックコマース」「ダークストア」という言葉が広く認知されたきっかけは、日本初のクイックコマース企業として2021年6月に創業したOniGO(東京都世田谷区)です。注文から10分以内に商品を届けるダークストア型のクイックコマースサービスを開始したというニュースが小売業界誌だけでなく、一般のテレビや新聞でも取り上げられました。

 OniGOは直営のダークストアから食品小売との提携によるクイックコマース展開に舵を切り、2024年には提携していたイトーヨーカドーと同年11月27日付で資本業務提携に基本合意しました。

 イトーヨーカドーが2023年の大型倉庫型への転換からわずか1年で自社ネットスーパーから撤退するタイミングと、OniGOが自前のダークストアから配達代行プラットフォーマーへ完全転換する動きが合致したのでしょう。現在のOniGOは重い資産を持たない配送特化型プラットフォーマーとなっています。

小商圏モデルの限界──在庫リスクと廃棄ロスの現実

 これらの失敗が起こったのは、クイックコマースとダークストア型モデルを組み合わせる相性の悪さにあると考えます。その本質は、小規模分散型の配送拠点と、大規模集約型の物流センターとの効率性の決定的な差にあります。

 まず、受注してから短時間で配送を完了するクイックコマースが事業として成立するためには、人口密度が一定以上ある必要があります。当然過疎地ではそもそも成立しないために、東京23区内をはじめとした都市部が出店候補になります。

 そういった都市部は地価が高く、地価をカバーするだけの多数の注文を受注することが不可欠です。しかしながら、そういった都市部には多数の実店舗が存在するため、新規出店したダークストアが顧客を獲得することは容易ではありません。

 クイックコマースは配送時間を短縮するため、自転車またはバイクで短時間に配送可能な狭いエリアが商圏となります。これは1店舗あたりの潜在顧客数が限定的であることを意味し、スーパーマーケットなどと比べて、在庫回転率が低下する要因となります。

 特にダークストアで生鮮食品を扱う場合、廃棄ロスは避けられません。天候や周辺実店舗の状況で需要が大きく変動するダークストアではスーパーはもちろんコンビニエンスストア以上の廃棄が発生しやすいのです。

規模の経済で圧倒する物流センターの強み

 小商圏のダークストアに対して、大規模物流センターは全く異なる効率性を実現しています。ロボットを導入しているフルフィルメントセンターでは、商品または棚をロボットが作業員の前まで運ぶことで、作業員の移動時間を削減し、ピッキング効率を飛躍的に向上させています。

 大規模物流センターの最大の強みは、規模の経済です。数万平方メートルの施設で数百万点の在庫を管理することで、1商品あたりの保管コストは劇的に低下します。また、大量の注文を集約処理することで、配送ルートの最適化も可能となります。

 ネット通販最大手であるAmazonの最新フルフィルメントセンターでは、最先端のロボット技術が導入されており、数千人の従業員とともに膨大な数の注文を処理しています。受注処理能力は1日に最大100万個の出荷に対応しており、最大で5000万点の商品保管が可能という規模です。

Amazon fulfillment center Ontario 2025年7月筆者撮影

 例えば、1つの物流センターが1日10万件の注文を処理する場合、自動仕分けシステムによって配送先エリアごとに効率的に仕分けられ、配送車両の積載率も最適化されます。これにより、1注文あたりの配送コストは、ダークストアの個別配送と比較して大幅に削減されます。

(関連記事:EC化率「45%の中国」と「13%の日本」 3倍超の差がつく納得の理由

「コンビニ」という強敵、日本市場の特殊性

 ダークストア型クイックコマースの致命的な欠陥は、スケールしないことにあります。事業を拡大するには新たな店舗を開設する必要がありますが、各店舗は独立した固定費構造を持つため、店舗数に比例してコストが増加します。規模の経済が働かないため、大規模化してもユニットエコノミクスは改善しないのです。

 また、日本の都市部には、既にコンビニエンスストアという強力な競合が存在します。24時間営業で豊富な品ぞろえを提供し、徒歩5分圏内に複数存在することも珍しくない密度です。ダークストアが提供する即時性という価値は、既存のコンビニでほぼ満たされているのです。

 配送料を含めた総コストを考えると、多くの生活者にとってコンビニの方が経済的であり、ホットフードやひき立てコーヒーなど商品の魅力もあります。ダークストアが競争優位性を築くには、圧倒的な品ぞろえか、大幅な価格優位性が必要ですが、小規模分散型のモデルではどちらも実現困難なのです。

 ダークストア型クイックコマースを運営していた各社が既存小売店の配送代行に特化したのには、こういった要因があるのです。

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