最後はメルカリ。同社は社員の言語教育を福利厚生とは位置付けず、「言語学習は事業成長とミッション達成のために必要な投資」と捉えているという。
社内には「Language Education Team」(LET)という言語教育専門のチームを設置し、言語教育の専門家が設計したさまざまな学習プログラムを通じて、メンバーの語学力向上をサポートしている。
日本語が母語でない外国籍のメンバーのために、日本人メンバーに「やさしい日本語」を使うよう教育したり、英語の上級者に対して、英語学習者が理解しやすい「やさしい英語」の使用法をレクチャーするような取り組みも、同社ならではの施策といえる。担当者は次のように説明する。
メルカリでは言語教育を、テストで高得点を取るためではなく、組織に良いインパクトをもたらすためのものとし、多様な視点を生かし、意思決定の質を引き上げていくことを目指しています。
では、AIの進化によって社員が外国語を学ぶ必要性は薄れていくと考えるか――。
AIツールの進化によって、異言語間の情報伝達がこれまで以上にスムーズになっていくことは確実だと思います。ミーティングでの同時通訳や文章の翻訳精度はすでに高まってきており、近い将来には言葉の壁をほとんど感じない場面が増えていくと思います。
しかし、それは「わかり合える」ことと同義ではありません。同じ言語を話していても誤解が生じるように、言葉の意味を理解することと、相手の考えや価値観を理解することは別の問題です。
むしろAIが言葉のハードルを下げることで、これまで「言葉の問題」とされてきたものが、実は本質を覆い隠す問題にすぎなかったと気づかされるようになると思います。これまで「言葉の問題」の陰に隠れて見えにくかった文化的背景や価値観の違いが顕在化し、その違いにどう向き合うかが一層問われるようになると考えています。
AIの進化は、言語を学ぶ本来の目的は何なのか、という根本的な問いにあらためて向き合うことを意味していると思います。この問いは本来もっと意識されるべきものでしたが、実際にはその目的は忘れられてしまいがちで、語彙や文法の知識を定量的に測るテスト対策に偏った言語教育が続いてきました。そうしたあり方からの脱却が、今求められているのだろうと考えています。
AIツールの進化によって、従来の語学学習に関する支援制度や目標を見直す考えはあるのか――。
AIが仕事上での強力なパートナーになることを前提とすると、これからの言語教育のあり方は大きく変わっていくと考えています。
AIの進化によって、人の行動そのものが変わっていきます。例えば、事前リサーチや資料の作成といった作業はAIに任せられるようになります。文法や語彙の正確さの確認、翻訳や通訳もAIが担ってくれます。
その結果、人はミーティングでの対話や意思決定により集中できるようになります。そこで求められるのは、「相手に何をどう伝えるか」「どのように合意形成を進めるか」といった実践的な力です。つまり、AIが言語面のサポートを担うことで、人は多様な文化や言語の違いから生じる価値観の違いによるコンフリクトを調整しながら協働し、新しい価値を生み出す対話に集中できるようになると思います。
仕事の進め方やミーティングでの行動がこれまでとはすでに変わりつつあるため、英語や日本語を使って達成したい行動目標も変わっていきます。何を目標に設定するのか、何を学ぶか、どのように学習をするか、そして学習にどの程度時間を使うかは、AIと人の役割分担が変わっていく中で再定義をしていくのは至極当然のことだと思います。
メルカリの支援制度と到達レベル目標は変わりませんが、そこでの学習内容や学習目的の置き方は、AIを前提とした私たちの新しい行動に合わせて変えていこうと考えています。
ここまで、各企業の考えを紹介してきた。
各社の回答から共通して見えてくるのは、AIの進化が、従来の外国語学習の目的や目標について、企業が改めて問い直すきっかけになっていることだ。TOEICスコアなどの定量的な指標から、異文化環境において成果を生むための「対話力」や「協働力」に目標をシフトすべきといった各社の回答が印象的だった。
AIの進化によって「語学が不要になる」とは、簡単に言い切れないことも分かる。「言葉の意味を理解することと、相手の考えや価値観を理解することは別の問題」(メルカリ)、「本人の発する言葉にこそ、より大きな意味や価値がある」(パナソニックHD)
ここまで紹介した回答以外で見逃せないのは、AIの進化が外国語学習の在り方そのものを変えつつあるという各社の指摘だ。
リアルからオンラインへ、そしてスクール形式の集合研修ではなく、個々人のライフスタイルに合わせた隙間時間での受講方式、また自身の強み弱み、レベルに対応したカスタム学習のニーズが高まっているように思う(パナソニックHD)
社員一人ひとりの専門性や目的に合わせた教材や学習の個別最適化を重視する方向にシフトしています。AI時代における言語学習は、単なる言語知識を積み上げることから、個別最適化された学習へと進化しています(メルカリ)
こうした回答を見ると、AIが「語学」を不要にする“天敵”というよりも、外国語学習をより最適化して後押ししてくれる“味方”のようにも見えてくる。
「AI時代に語学は本当に不要になるのだろうか」。冒頭の問いに、取材を踏まえて筆者なりの答えを出してみたい。
翻訳はAIに任せられても、人と人とが本当にわかり合うための語学の価値は、これからも変わらない――。
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