ITmedia ビジネスオンライン編集部のメンバーが、「いま気になるもの・人・現象」をきっかけに、社会や経済の変化を掘り下げる企画である。個人の“偏愛”を軸にすることで、記事には書き手の視点や関心が自然ににじむ。日常の小さな関心が、経済の動きや兆しとどうつながるのかを、取材を通して丁寧に伝えていく。
「AIツールの進化によって、外国語の学習は不要になるかもしれない」
そんな考えが頭をよぎったことがある人は、きっと少なくないはずだ。
実際に、ChatGPTやGeminiに翻訳を頼むと、正確な回答が圧倒的な速さで返ってきて驚いてしまう。便利になった半面、筆者のように語学を趣味や生きがいとする人間にとっては、「外国語学習は不要」といった意見を耳にすると、心穏やかではいられない。
一方で、書店に足を運ぶと、語学学習にまつわる書籍が大量に平積みされているのを見かける。ビジネス英語に関する書籍、語学検定対策の教材、旅行者向けの外国語会話ガイド。筆者が趣味で学ぶ中国語や台湾語の関連書籍も、新しいものが続々と出版されているのを目にすると、まだ語学のニーズは低くはないのかなと、やや胸をなで下ろす。
AI時代に外国語を学ぶ意味とは何だろうか。
AI時代に語学は本当に不要になるのだろうか。
これから、いくつかの取材を通じて、こうしたテーマについて考えてみたい。
まずは、企業の考えから紹介する。国内には、社員の語学習得に力を入れる企業が数多く存在する。社内公用語を英語に切り替えた企業もある。AIの進化は、企業の言語施策にどのような影響を与えているのだろうか。
今回、国内の複数の企業に、AI時代の語学施策について、書面での取材・回答を依頼した。質問の主なポイントは以下の3つ。
この記事では、回答のあった楽天グループ、パナソニックホールディングス(HD)、メルカリの3社の考えを紹介したい。
楽天グループでは、2012年から英語を社内公用語としている。同社が海外戦略の強化を目的に、社内公用語の英語化を発表したのは2010年。当時、大きな話題となった。
「社員同士でビジネスに関わる情報共有が円滑にできる」レベルの英語習得を目標とし、社員にはTOEIC800点の取得を求めている。
同社では、TOEIC高得点の取得を目標としたeラーニングや、外国籍の社員向けの日本語学習プログラムなどを提供するほか、外部の語学スクールや学習サービスを優待価格で利用できる制度を整えている。
社内公用語の英語化から10年以上が経過し、どのような効果が組織にもたらされているのか。同社は「世界での一体感のある経営体制の構築」と「世界中の優秀で多様な人材の積極的な採用など」――の2点を挙げ、次のように説明する。
英語を社内公用語とすることで、各部門における活動状況、ノウハウ、成功事例などの情報を平等かつグローバルにシェアすることができ、世界を相手に戦い抜くための情報収集力・競争力も強化されていると考えています。
社内公用語を英語にすることで、海外子会社従業員や海外からの就職希望者にとっても、開かれたキャリア形成の機会を提供することができるため、多様なバックグラウンドを持つ優秀な人材の維持・獲得が期待されます。
では、AIの進化によって社員が外国語を学ぶ必要性は薄れていくと考えるか――。
AIツールの進化によって、言語の壁は低くなるかと考えられますが、より深いコミュニケーション能力が求められるようになるため、今後、語学学習の必要性が薄れていくというよりも、目的や形がシフトしていくのではないかと考えています。
次はパナソニックHD。社員の語学支援などは、傘下の事業会社によって異なるが、語学研修の受講料を一部または全額、会社が負担する形が多いという。
グループ全体の海外売上比率が50%以上を占め、こうした語学支援制度は、「グローバル市場でのチャレンジを希望する社員に対する自信の醸成、モチベーションアップにつながっている」(担当者)。過去にはグループ一律で管理職の昇格要件として「TOEIC550点以上」などがあったが、2021年に廃止したという。
そんな同社は、AIの進化によって社員が外国語を学ぶ必要性は薄れていくと考えるか――。
薄れていく可能性は高い。ただ、言語はあくまでコミュニケーションの手段に過ぎず、国内外問わずビジネスを進めるうえで重要なのは、まずは信頼関係を築いた上での相互理解。そのためには、「文化的背景の理解」「表情」「間の取り方」「抑揚などのリアクション」も非常に重要と考えている。
これらの要素を踏まえると、現時点ではAIツールを通じて伝わる言葉だけでは、微妙なニュアンスや気持ちを完全に伝えることは難しいと考えられ、本人の発する言葉にこそ、より大きな意味や価値があると考えている。
AIツールの進化によって、従来の語学学習に関する支援制度や目標を見直す考えはあるのか――。
現段階では特に決めてはいないが、見直す必要性は感じている。語学学習(TOEICの目標点数取得)がメインではなく、あくまでも「異文化でのコミュニケーションレベルの向上」に対する支援に目標を置くなどの視点の方が必要。
海外メンバーに対するリーダーシップ発揮や、海外関係先への交渉などにおいて、対等なコミュニケーションが遜色なくできるか、そのためにAIツールをどう使いこなせるかなど、目標を変えてロールプレイのような場を提供するなどの支援を検討していきたい。
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