ただ、労働時間規制の緩和には、少なくとも注意点が2つあります。
1つは、本人が自らの意思で働くことを選択し、元気なつもりでいても、働き過ぎがいつのまにか心身を疲弊させて、健康を害する事態も想定されることです。
もう1つ、全く別の視点からの課題もあります。家庭にかかる工数です。どんな家庭でも、家事や育児、介護といった「家オペレーション」にかかる工数は必ず発生します。一方で共働き世帯は徐々に増え、いまや専業主婦世帯の約3倍ですが、性別役割分業の見直しが進みつつあります。必然的に、これまでのように仕事にだけ100%の時間を費やして専念することが容易ではなくなってきています。
自分以外に家のことを全て担ってくれる人がいなければ、寝食を忘れるような働き方はできません。家族と分担してこなすとしても、仕事に没頭しながら家のことまですれば、睡眠時間などが削られて健康状態を悪化させる懸念もあります。
ただ、働き手自身が無理しないように心がけさえすれば、適度な休息を確保することは可能です。また、少なくなっているとはいえ専業主婦や主夫世帯であることが最適というバランスのご家庭もあると思います。働くことが好きな人が、健康を維持しながら仕事に没頭できるかどうかについては、家庭内での工夫次第である程度制御できる面があります。
それに対して、もっと働きたいと言いながら、働かざるを得ないのが本音というケースについては事情が異なります。働きたい理由が自発的なものではなく、必要な収入を得るという外部要因であるため、働き手自身の心がけや家庭内の助け合いでは対処のしようがないからです。
先の参議院選挙では、働き方改革ならぬ「働きたい改革」を掲げる政党もありました。心から働きたいと願っている人が思う存分働けるようにすること自体は、大切な視点だと思います。しかし、働かざるを得ないのが本音の場合は別です。収入が増やせるようにと労働時間規制を緩めてしまうと、せっかく生まれた長時間労働是正の流れに逆行し、元の木阿弥となってしまう懸念があります。
労働時間を10%伸ばせば、得られる給与もその分増えるのは間違いありません。しかし、問題は「給与増=時間増」という時間軸ありきの思考が、職場の中で疑いもなく受け入れられてしまっている点です。
もし、時間当たりの単価を10%上げることができれば、労働時間を変えずに給与を10%増やすことができます。逆に、給与を維持したまま労働時間を10%減らすことも可能です。この考え方こそが、本来の働き方改革に他なりません。
労働時間を削れば給与も減り、給与を増やすためには労働時間を増やすといった時間軸に縛られた発想のままでも、法律や条例を改正して労働時間の上限を定めたり、残業手当を150%に引き上げたりするといった“規制”の改革であればできるでしょう。しかし、本丸である“働き方”の改革はできないのです。
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