コロナ禍から5年、働き方改革が注目され始めてから約10年――企業と個人の距離感は確実に変わった。リモート前提のチーム運営が当たり前になり、副業や育休の取得も広がりを見せている。だが、一度進んだ潮流が逆流することもある。出社回帰を選ぶ企業が増え、柔軟性と効率性のバランスが、あらためて問われている。
2018年1月、厚生労働省はモデル就業規則を改定したことから、俗に言う「副業解禁」が始まった。日立製作所は、2023年10月から社内外の副業制度の試行を開始。上長承認のもと別部門・社外での業務に挑戦できる枠組みを整えた。
日立の管理職でありながら、東京・大森の地域活動「OMORI FAN CLUB」に参画し、ビール醸造に携わっているのが、【日立「Lumadaの中核人材」が副業でビール醸造 地域貢献がマネジメント力を育てた理由】で紹介した斎藤岳さんだ。斎藤さんは日立で社外向けには同社のDX支援事業であるLumada(ルマーダ)を軸に顧客企業と協創し、社内外向けに「AIアンバサダー」として生成AI活用を推進するエキスパートの立場にある。
斎藤さんは、OMORI FAN CLUBでどんな活動をしているのか。地域活動から何を学び、どう本業に生かしているのか。斎藤さんに聞いた。
斎藤岳(さいとう・がく)日立製作所 アプリケーションサービス事業部 テクノロジートランスフォーメーション本部 LSH適用推進部 部長。同社入社後、ミッションクリティカルな大規模アプリケーション開発(金融、自動車、流通)に従事し、社内での開発効率化の成果をもとに、お客さま向けのソリューション開発・ビジネス化を推進。システムエンジニア・プロジェクトマネージャー・ITアーキテクトなど複数のロールで多くのプロジェクトを牽引してきた経験を生かし、現在は「Lumada Solution Hub」をプロダクトマネージャーとして管掌し、アプリケーション開発や日立社内でのナレッジシェアリングへの生成AI活用を推進中――OMORI FAN CLUBでは、どのような関わり方をしていますか。
OMORI FAN CLUBは、もともと「大森山王ブルワリー」という、ビール醸造のブルワリーとして2019年にスタートしました。私は2023年末ごろから参画しています。その後、2025年2月にブルワリーの名称を現在の「OMORI FAN CLUB」に変えました。名称変更後の初期メンバーの一人として、運営に携わっています。
OMORI FAN CLUBは従来の単なるブルワリーではありません。「大森のファン」を集める活動の中核にビールという一つのコンテンツがある、という思想にも共感して関わっています。
ビールを売って終わりではなく、大森という街のファンを増やす「まちへの関係づくり」そのものを掲げたかったから名称を変えたのです。「地域を盛り上げる」ミッションを明確化するために、あえてブルワリー色を前面に出しすぎず、ファンクラブという名前にしました。今はWebサイトや発信も、その思想に沿うトーンに整え始めています。
現在は十数人のコアメンバーが動いていて、代表をはじめ、ほぼ本業として関わるメンバーが数人います。その他のメンバーは、私のように本業を持ちつつ参加しているような体制です。
――活動の頻度や、斎藤さんの具体的な役割を教えてください。
週1〜2回の参加が中心で、週末の関与が多いです。地域イベントではブースに立ってビールをサーブするなど、呼び込み対応もします。レジ対応もしますので現金のやりとりやキャッシュレス決済にも対応します。売り上げが「今日は良かった、今日は伸びなかった」とその場で数字で見えるのは、B2Bビジネスでは体感できないので新鮮です。
加えて、地域の方々や企業と一緒にミーティングを重ね、企画の立案や運営にも関わっています。2026年6月のJR大森駅開業150周年に向けて、記念ビールを順次出していくプロジェクトを進めていて、第1弾の販売がスタートしたところです。地域の物語をビールに落とし込む試みは、とても面白く、やりがいがあります。
――地域での信頼や接点は、どのように確立しているのでしょうか。
代表の町田佳路さんが長年、地域にコミットしてきた蓄積が大きいです。大田区や商店街、企業との接点を広く持ち、地域の文脈や人のつながりを理解しています。私個人だけでは開けない扉も、代表が持っているコネクションや考えのおかげで開けることがあります。さまざまな街の議論の場にアクセスできるので、参加者がついてきているのだと私は思っています。ローカルのコミュニティに新参者が飛び込むのは難しいですが、代表と一緒に動くことで街を学ぶことができ、貢献もできるのは意義深いと感じています。
――現在はJR大森駅開業150周年に向けた取り組みに注力している状況ですか?
2026年6月に向けて、地域・企業・行政といった多様な立場で関われる仕掛けを設計し、ビールという媒体によって人が関わる導線を増やしています。例えば記念ビール企画や、駅前でのイベントづくりなど、スモールに始めて広げていく試行錯誤を続けています。こうした場で「誰が、どこで、どう参加できるか」をデザインするのは、社会イノベーションを掲げる日立の視点とも通じるところがあると感じています。
同時に、大森という範囲を限定した地域活動ならではの速度と物差しを体感できるのが、面白いところです。
――副業の収益や契約の形は、どうなっていますか。
OMORI FAN CLUBは、ビール販売やイベント運営によって収益を上げています。私個人は副業としてイベント参加時に手当をもらうなど、スポットごとに報酬を受け取る形を中心にしています。社外副業からの報酬が一定額を超えると、追加の調整が必要になりますが、一定の範囲内で申請し、履歴を残す運用にしています。税務上も煩雑になりすぎないよう、スポット収入の扱い方を含めて、個人として整理しています。
――日立での経験が副業に生きたところはありますか。
本業の強みが、地域活動で直に生きる場面も多いです。企画設計やコンセプト関連の言語化、資料づくり、AI活用の型づくりなどは私がリードして価値を出しやすくしていると思っています。
――大森には日立の拠点もあります。地域の取り組みに、日立としての関与の可能性はありますか。
将来的には、個ではなく企業としても、地域に具体的な価値を届ける接点を作れたらと個人的には思っています。ただし、いきなり企業の看板でコミュニティに入るのは難しく、まずは人のつながりを介したスモールスタートが現実的です。JR大森駅150周年のような機会に、地域・企業・商店がゆるやかに連携する中で、日立としての関わり方も模索できると考えています。
――さきほどおっしゃっていた「個人だけでは開けない扉」は、どんなところから実感しましたか。
例えば街の声を広く集めたいと思っても、小さなブルワリー単体では数万人規模にリーチするのは難しく、情報や場を広げるには鉄道事業者や行政、商店街など力のある主体と組む必要があります。駅の掲示や一斉告知のような導線は、相手の資産やネットワークを借りて初めて実現できる規模の取り組みです。
また、商店街はベテランの方も多く、理解や意思決定の速度にギャップが生じがちです。誰かが率先しないと前に進みにくい現実があるとも考えています。日立という企業に属していると、日立というブランドの後押しがあるので気付きにくいのですが、会社の看板を外してしまえば、人脈も信頼もゼロからで、スケールする(事業規模を拡大する)ことの難しさを痛感します。だからこそ町田代表のように、地域で信頼を持つ方々と連携することが不可欠だと感じています。
――副業で「誰とつながるか」、という観点も重要になりそうですね。
まさにそこが鍵だと考えています。副業は個人の挑戦であると同時に、副業として参加する組織やメンバーが、どんなネットワークや価値観を持っているかで得られる学びが全く変わります。
地方創生の現場で走っている方々とつながることができれば、転職をしなくても新しい領域に挑戦できる余地が広がります。個人の裁量と選択肢を広げる設計が企業側でも進めば、働き方自体のバリエーションが増えていくはずです。
――一方で、本業とのバランスや負荷の管理には課題もあります。どう折り合いをつけていますか。
時間のコントロールは強く意識しています。最近はとにかく自分が全てを抱え込まないこと、任せられるところは任せることを前提に、本業側での役割調整を進めるように意識しています。
副業では打ち合わせや販売対応で半日から一日を要するケースもあります。平均すると月に多くて20時間ほどの稼働になります。夏場はイベントが多く稼働も増えますが、冬はミーティング中心に抑えるなど、季節の変動も踏まえて多少の増減がありますね。
個人的には、現在の時間が上限かなと考えていて、これ以上は全体として無理が出るため、コントロールしています。
――副業を拡張していくかどうかの判断軸は?
収入の規模ではなく、経験価値と地域への貢献度を基準にしています。社外副業で一定額を超える報酬を得る場合は、追加の申請手続きが必要となるため、当面は現状のスポットの対価で十分だと考えています。活動が拡大し、より大きな社会的インパクトを狙える段階に達した際には、体制や時間配分、評価のされ方まで含めて再設計が必要だと思います。
――副業は必ずしも金銭に直結しないものですよね。その価値をどう捉えていますか。
最も大きいのは学習機会としての価値です。B2Cの即時性の中で、相手起点の伝え方や合意形成の方法論を磨いています。B2Cに関する企画の立案などは、非常に学びも大きいです。それを本業のマネジメント目線や、抽象度が高い説明にも還元できる点が自分にとっての「インカム」になっています。
私個人は現時点ではスポットの手当で十分で、経験と地域への貢献を主軸に位置付けています。
――2030年に向け、こうした地域活動や副業は、管理職の能力開発にどう影響すると思いますか。
多様な価値観を束ねて成果に変える力、相手の反応を先読みして素早く仮説検証する力が、ますます重要になるはずです。副業や地域活動は、異なる速度や物差しで動く現場に身を置くことで、判断の階層や言葉遣いを柔軟に切り替えるような実践の場になります。会社の文脈だけに閉じない視点を持つことが、結局は自身と組織の自律と連携の両立につながり、2030年のマネジメントの基礎体力になるのではないでしょうか。
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