順調かと思われたが、ここで大きな危機が訪れた。同社で決算誤謬(ごびゅう)が発覚したのだ。
決算誤謬とは、財務諸表で金額や開示情報の抜けや漏れといった誤りが生じることだ。上場していたこともあり、株主代表訴訟や経営責任の追及、さらには上場廃止といったリスクもはらんでいた。
訂正処理には店舗ごとの約5000を超える土地契約情報を遡って把握する必要があったが、それらの管理もバラバラで整合性を取るのが困難な状況であった。
「Excelはすぐに入力できるので、スピーディーな処理を行える。しかし、社内外30人ほどの人が同時にセルを更新し、多数のバージョン、ローカルファイルの存在など、どれが正しい情報なのか分からない状況になっていた」(若林氏)
「その状況を見ていた監査法人からも、土地契約管理をシステム化するようにという要請が入るほどだった」と若林氏は振り返った。
経営企画部に所属していた若林氏が「SmartDBで作った店舗マスタデータを使えばこの状況の助けになるのではないか」と考えていた矢先、当時の本部長から「SmartDBで管理できないか」と相談を持ちかけられた。
「『できます。やります』と答えていた」と若林氏。「社員たちは限界を迎えているようだったし、社長からも直接要請された。これは覚悟を決めて取りかかるしかないと決意した」と語る。
まず若林氏が行ったのは、完成していた店舗マスタデータの“子”データベースである運営情報DBをコピーして、“弟”データベース「土地・契約管理」アプリのプロトタイプを作成することである。
「緊急性が高く、1つのミスも許されない状況だった」ことを受け、SmartDBを提供するドリーム・アーツに協力を依頼したという。そこから2週間で、約2650店舗にひも付く5000以上の契約情報を管理するための土地・契約管理アプリをリリースした。
その後、約1カ月で決算訂正処理に必要な情報がそろい、2025年4月に無事に決算発表を完了できたという。
「神様データがあったからこそ、このスピード感で膨大な契約情報を一気に整備できた」と若林氏は振り返る。これらの取り組みを経て、SmartDBの認知度が社内で高まり、若林氏は財務経理本部の下に新たに発足したIR・予算管理部部長に就任した。
「配下に経理DXグループが新設された。これは、経理DXの基盤整備を全社的に推進するという意向の表れだ」と若林氏は述べた。
業務効率化のためにひとりで始めたDX。はじめは「2年限定」としていたが、現在ではSmartDBを使って新リース会計基準への対応や会計システムの連携にも取り組んでいる。
「これらを連携をすることで、監査への対応、出退店のタイミングといった経営戦略材料としての利用、経費申請などに関係した業務効率化、予算管理などもできるようになると考えている。全社横断で使えるデータベースの存在が、縦割り組織の壁を打破したのではないだろうか」(若林氏)
全社的な危機があったからこそ、若林氏の取り組んできたDXの価値が際立ち、全社に広がることとなった。そして今では現場起点でDXにより改善しようというカルチャーが社内で定着しつつある。
同社は12月付けで、ウエルシアホールディングスと経営統合し、超巨大ドラッグストア企業として生まれ変わる。
若林氏は、ツルハホールディングスの直近の動きに触れつつ、このように締めくくった。
「組織も企業文化も異なる2つの企業が、同じ未来に向かって進んでいくことが決まった。これからは仲間として、同じ船で航海をしていくことになる。その航海を支える地図がSmartDBになると信じている。ここで話した体験が、航海のヒントになれば幸いだ」(若林氏)
データを紙・Excelで“バラバラ”管理 松屋が店舗運用のデジタル化を「現場主導」で成し遂げられた理由
流入「80%減」 AI検索で大打撃を受けたHubSpotは、どうやって“未来の顧客”を取り戻した?
米Google幹部を直撃 年間「5兆回超」の検索は、AIでどう変わるか?
GPT-5が大学院生なら、楽天のAIは高校生レベル? それでも挑む“日本語特化AI”の勝算
野村が捨てた「資産3億円未満」を狙え SMBC×SBIが狙う“新興富裕層”の正体Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PR注目記事ランキング