FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックスタートアップにて金融商品取引業者の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、広告DX会社を創業。サム・アルトマン氏創立のWorld財団における日本コミュニティスペシャリストを経てX Capital株式会社へ参画。
ガソリン税の暫定税率の廃止が、社会の重大な関心事として浮上している。実現すれば、企業の物流コストへの影響は大きい。
しかし、この減税議論において首都圏、とりわけ東京都の企業や都民の一部では「冷めた空気」が漂っている。「車を持っていないから関係ない」「ガソリン代が下がっても恩恵を受けるのは地方だけだ」といった声が一部で見られる。だが、この認識は経済の構造を無視した誤解であるといわざるを得ない。
結論から言えば、ガソリン税(※1)の廃止あるいは大幅な減税で最も経済的恩恵を受けるのは、日常的には車を利用しない東京のような都市部である。その仕組みを、ガソリン税と企業活動から考えたい。
(※1)本項では軽油引取税を含む燃料関連税制全体と定義する
なぜ、車を持たない都市部がガソリン税の影響を強く受けるのか。その答えは、東京という都市の特異な経済構造にある。
東京都は、人口約1400万人を抱える世界有数の巨大都市でありながら、食料や生活物資の自給率はカロリーベースで1%程度にすぎない。スーパーに並ぶ野菜、コンビニの弁当、建築資材、そしてECサイトで注文した日用品に至るまで、生活に必要な「モノ」のほぼ全てが、トラックや貨物線などの輸送によって外部から持ち込まれている。
ここで看過されがちなのが、物流コストに占める燃料費の割合である。トラックをはじめとした運送事業において、軽油やレギュラーガソリンなどを中心とする燃料費は人件費に次ぐ巨大なコスト要因だ。ガソリン税の高止まりは、輸送原価を直接的に押し上げる。
地方の住民にとって、ガソリン税は「給油所での支払い」という目に見える形で現れる。しかし、東京都民にとってのガソリン税は、スーパーの店頭価格や宅配便の送料、あるいは飲食店でのサービス料の中に含まれている。これを経営上では「租税転嫁」と呼ぶ。車を使わない都市部の住民は、給油ノズルを握らない代わりに、レジで財布を開くたびに、形を変えたガソリン税を支払い続けているのである。
さらに事態を深刻にさせているのが、物流業界を襲う「2024年問題」との相乗効果である。トラックドライバーの時間外労働規制強化により、物流業界は慢性的な人手不足とコスト増に直面している。これまでは、運送事業者が激しい競争の中で燃料高騰分を企業努力として吸収し、荷主への価格転嫁を極力抑えてきた側面があった。
しかし、その限界はとうに超えている。帝国データバンクによる調査を見ても、コスト上昇分を販売価格や輸送料金に転嫁する動きは全産業で加速している。特に、配送頻度が高く、小口配送が中心となる都市部の物流において、そのコスト圧力は顕著だ。
例えば、ネットスーパーやフードデリバリーを日常的に利用する都民のライフスタイルを考えてみよう。これらは「ラストワンマイル」と呼ばれる配送効率が最も悪い区間を多用するサービスだ。信号待ちや渋滞が頻発する都内を走る配送車両は燃費が悪く、地方の長距離輸送に比べて単位距離当たりの燃料コストは割高になる。
車を持たない都市部こそ、高度に発達した物流サービスに依存して生活しており、そのサービス維持コストの源泉である燃料価格の変動に対して、実は最も脆弱(ぜいじゃく)なポジションにいるのである。
では、減税が実行された場合、経済にはどのような影響があるのか。
第一に挙げられるのが、価格の下方硬直性のリスクだ。燃料税が下がったからといって、スーパーの野菜や配送料が即座に安くなるとは限らない。企業はコスト減を人件費の高騰分や内部留保に回す可能性があり、消費者が減税メリットを実感するには至らない可能性がある。地方のドライバーが享受する直接的な恩恵に比べ、都市部においては不確実だ。
第二に財源の穴埋め問題だ。ガソリン税収は年間数兆円に上る。廃止によって、仮に道路維持や社会保障の財源が不足した場合を考えたい。もしその穴埋めとして金融所得や給与所得の増税や社会保険料の値上げが行われた場合、経済への影響は甚大だ。
消費支出額が大きく、所得水準も比較的高い都市部の市民は、ガソリン税減税のメリット以上に、代替財源の負担増というブーメランを食らう可能性がある。都市部における消費活動が冷え込むことで、当然ながら経済と企業活動には大きな影響が及ぶ。
企業はこうしたコスト負担の構造を理解した上で、議論の行方を注視していく必要があるだろう。
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