佐藤氏は、現在の生成AIについて「本能や感情の部分がプログラムされていないので、エモくないんです」と話す。近年急速に普及した生成AIは、この課題に直面していると言ってもいい。
「生成AIが再現できているのは人間の理性の部分、つまり表層的な機能にとどまっている」(佐藤氏)
テキストの要約や会話の生成といった能力は高い一方、それはあくまで人間の思考のごく一部に過ぎない。本能や感情、生体的な欲求といった領域は未解明であり、人間の行動原理の95%を占める無意識の世界は手つかずのままだ。
例えば、買い物。価格や性能だけでなく「雰囲気が好き」「店員の感じが良かった」といった非合理的要素によって、購買行動は強く影響される。生成AIは今のところ合理的な情報処理には優れているものの、佐藤氏によれば「この感情の部分に迫ることはできていない」という。
これをAIの限界と考えると、AIの本当の進化は「感情や本能をどう取り込むか」にかかっている。Lovvitは、まさにこの未踏領域に挑戦しているのだ。ユーザーが示す「好き」の理由をデータとして蓄積することで、AIが人の深層的な価値観を理解できるように設計している。
「理性は人間の中で最も新しく獲得された機能であり、むしろ言い訳を後付けするための装置でもあります。AIがこの部分だけを模倣しても、人間の本質には届きません。Lovvitが挑もうとしている感情データの可視化は、AIに残された大きなフロンティアなのです」(佐藤氏)
Lovvitは、単なるSNSではない。そのコンセプトは「自分以上に自分を理解する存在」を提供することだ。「トップ3ランキングを投稿するうちに、自分でも気付づかなかった好みや価値基準が浮かび上がります。就職活動での自己分析やキャリア形成にも応用できます。最終的には『人生の限られた時間を最適化する存在』として機能するはずです」(有田氏)
自分に「最適な」自分の「好き」を、自分以上に理解したコンシェルジュを育て、使えるようにする。利用者にはサービスというよりもエコシステムを提供する。今後は、映画やグルメだけではなく、さまざまな「好き」を届けていく予定だ。
佐藤氏は長年IT業界で事業を率いてきた。その経験から、ITの強みと限界をよく知っている。ITは効率化や最適化に圧倒的な成果を発揮する一方、「感情を扱うことが極端に苦手」だと話す。その証拠に、GAFAのような巨大企業でさえ、エンタメやゲーム領域では必ずしも成功を収められてはいない。
「人間の行動は合理性だけでは説明できません。多くの場合、感情や無意識が先に動き、その後で理性が言い訳を後付けします。ITはこの構造を十分に扱えていません」(佐藤氏)
だからこそ、エンタメ業界での経験を持つ有田氏の挑戦が意味を持つのだ。
佐藤氏はLovvitを「人間の感情や価値観を解き明かす実験の場」と表現する。ITが得意とする論理と効率に偏るのではなく、エンタメの力を取り込み、人間の深層を理解するAIが生まれることで、新しいユーザー体験を創り出す。
「KPIは睡眠時間」──オードリー・タンに聞く、日本企業の生産性が上がらない根本原因
アニメ市場3.3兆円、現場に届かぬ投資マネー 業界歴40年Pに聞く“作り捨て”からの脱却
「これさぁ、悪いんだけど、捨ててくれる?」――『ジャンプ』伝説の編集長が、数億円を費やした『ドラゴンボールのゲーム事業』を容赦なく“ボツ”にした真相
『ジャンプ』伝説の編集長が、『ドラゴンボール』のゲーム化で断ち切った「クソゲーを生む悪循環」
『ジャンプ』伝説の編集者が「最初に出したボツ」 その真意とは?
『ジャンプ』伝説の編集長は『ドラゴンボール』をいかにして生み出したのか
アニメ版『ジョジョ』の総作画監督が指摘「Netflixで制作費が増えても、現場のアニメーターには還元されない」
アニメ版『ジョジョ』の総作画監督が語るアニメーター業界の「過酷な実態」Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PR注目記事ランキング