「朝から地獄」「激込みで押し寿司になる」―――1月16日の早朝に発生した東京・山手線の停電は通勤ラッシュ時間と重なり、テレビやネットには人であふれかえる駅の様子が流れました。報道によると、およそ67万人の利用客に影響が生じたとされています。
この光景は目新しいものではありませんが、数年前、一度は「なくなるかもしれない」と感じた時期がありました。コロナ禍で、密閉・密集・密接の「三密」の回避が叫ばれていたころです。テレワーク導入が急速に広がり、通勤者は激減しました。
通勤風景を一変させたのは、当時の政府から出された出勤者7割削減の要請です。働き方が大きく変わりそうな機運が生まれ、政治には社会全体の働き方を転換させる力があることが世に示されました。
ところが、いつの間にか通勤風景は過去の姿に戻っています。私たちが直面しているのは、変革の機運を失った「働き方の再硬直化」という問題です。
解散総選挙では各党から公約が示されていますが、働き方の未来像が浮かんできません。コロナ禍が一段落するにつれて喉元過ぎた熱さを忘れ、働き方を変える必要性は失われたのでしょうか。
ワークスタイル研究家/しゅふJOB総研 研究顧問/4児の父・兼業主夫
愛知大学文学部卒業。雇用労働分野に20年以上携わり、人材サービス企業、業界専門誌『月刊人材ビジネス』他で事業責任者・経営企画・人事・広報部門等の役員・管理職を歴任。
所長として立ち上げた調査機関『しゅふJOB総研』では、仕事と家庭の両立を希望する主婦・主夫層を中心にのべ5万人以上の声をレポート。
NHK「あさイチ」「クローズアップ現代」他メディア出演多数。
改札前に滞留する人々、身動きが取れないほど混雑したホーム、寿司詰め状態の通勤客……。山手線の運転見合わせによって通勤の混乱風景が広がった一方、SNSにはコロナ禍前であれば、ほとんど見られなかった声もありました。
「在宅勤務にしてよかった」「駅ナカでテレワークしてる」「午後から出社」――。
電車が止まっても“出社一択”の職場とは対照的に、テレワークに切り替えたり出社時間を遅らせたりと、柔軟に混雑を回避できている職場もありました。職場間で働き方格差が生じています。
基本的な就業スタイルをテレワークに切り替えたNTTグループや「100人100通りのマッチング」を掲げるサイボウズのように、自社の判断と努力によって働き方の構造改革が実現している職場は確実に存在します。
もちろん、全ての業務がテレワークに適しているわけではありませんし、対面でこそ価値を生む仕事があることも事実です。一律に決めるのではなく、状況に応じて選べる余地があるかどうかが問われています。
現在は「出社回帰」が進んでいるとも言われますが、そもそもこの言葉は、テレワークできる職場に対して使われる表現です。出社回帰が進むと共に、出社一択の職場の存在が埋もれて目立たなくなってきています。
出社回帰を進めるかどうかは、職場の経営戦略です。週3日出社などハイブリッド勤務を基本にしている職場も少なくありませんが、いざとなれば完全在宅も可能なので、台風などの災害が発生しても柔軟に切り替えて業務を継続させることができます。
しかし、出社一択の職場だとそうはいきません。業務停止するリスクを抱え、災害時やウイルス感染などが懸念される中でも社員に出社を強いることになり、安全配慮の観点から疑問が生じます。テレワークの可否は、ほとんどの職場が出社一択だったコロナ禍前と後で、意味の重みが大きく変わったのです。
いまだに出社一択の職場が少なくない背景には、大きく3つの理由があります。
1つは、介護や調理など、出勤しなければ業務遂行が難しい現業職があることです。この場合、職場の努力ではどうすることもできません。AIを搭載したロボットを遠隔操作するなど、いわゆるフィジカルAIのようなテクノロジーの劇的発展を待たない限りは困難です。
次に、職場がテレワークに移行する必要性を感じていないこと。現状のやり方で業務が滞りなく回っていて支障が出ていなければ、「移行しよう」とはなりにくいです。テレワークで生産性が下がったり、職場の統制が取りづらくなったりするリスクも踏まえると、「現状維持こそが最善策だ」など、変えないことを選ぶ慣性の法則が働きがちです。
最後は、職場都合型のスタンスが前提になっていることです。社員全員が同じ時間に、同じ場所へ出社し、1日8時間で週5日の40時間勤務する。多くの職場は、これら一律に決めたルールに働き手が合わせることを前提とするスタンスです。社員がテレワークを希望しても、職場が出社ありきの考え方であれば認められません。認められたとしても、あくまで例外としての位置付けです。
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