「世界のユニクロ」も夢じゃない? 欧米で大苦戦してたのに、気付けば世界47位のブランド 大躍進を実現した戦略に迫る(3/5 ページ)

» 2026年02月27日 05時00分 公開
[岩崎剛幸ITmedia]

北米での出店数増

 北米での店舗数増加も、ユニクロの海外での業績拡大の大きな要因となりました。2025年8月期末時点での北米の店舗数は106店舗と、100店舗を超えています。さらに、2026年度は25店舗の出店を計画しており、これは前年を上回るペースです。欧州でも15店舗を新規出店する予定です。

 2025年10月の記者会見で「世界の主要市場で認知され始めている。新たなスタンダードとしてブームを起こせる」と柳井正会長兼社長が語っていたのもうなずける出店戦略と言えます。

ユニクロの海外店舗数(筆者作成)

 すでにユニクロは日本の一小売業ではなく、グローバル展開している世界の製造小売業(SPA)へと進化しています。その勢いは、今年に入ってさらに加速しているように感じます。

モール内出店のニューヨーク・ハドソンヤーズ店(筆者撮影)
ボストン市内の路面店(筆者撮影)

 私は1990年代から海外でも仕事をしてきましたが、当時海外で展開できていた日本ブランドは「コム・デ・ギャルソン」や「ISSEY MIYAKE」など、一部に限られていました。日本人の作るブランドを見かけることは極めて少なく、日本のアパレル小売業の店舗を欧米で目にすることなどほとんどありませんでした。

 唯一あったのは、1991年にロンドンや香港に進出した無印良品(以下、無印)です。しかし当時の無印の海外事業はなかなか軌道に乗らず、海外店舗も伸び悩んでいました。同社が海外事業を黒字化したのは2002年度と、10年以上の歳月を費やしていることからも、日本の小売業が海外で成功する難しさが見て取れます。

 ユニクロが初めて海外進出したのは2001年9月。ユニクロも無印同様、ロンドンに1号店を出店しました。

 ロンドンはトレンドに敏感な消費者が多いため、ロンドンで成功すれば世界で店舗展開が可能だと言われていました。世界中のファッションブランドは、ロンドンの有名百貨店「ハロッズ」や中心地のオックスフォードストリートなどに路面店を出店することで、ブランドイメージを上げていました。

 ユニクロは2001〜2002年にかけてロンドンに21店舗を展開しました。しかし、当時は圧倒的に知名度が不足。販売不振で2003年までに16店舗を閉鎖することになり、非常に厳しいスタートとなりました。その後2002年に中国・上海、2005年に米・ニュージャージー州の大型モールに出店しましたが、米国出店当初は苦戦続きでした。

 当時のユニクロの商品はアジア人の体型をイメージしてデザインされていたため、サイズ感が合わなかったことが主な原因でした。また、トレンドを意識する傾向の強い海外では、ユニクロのデザインは地味で特徴がないと思われていた面もあったと感じます。

海外進出の歴史(筆者作成)

 ユニクロの海外進出の歴史を見ると、広く認知されるまでに25年かかっています。今でこそ海外にユニクロがあるのは当たり前ですが、海外事業を成功させるのはそう簡単ではなかったのです。

 では、同社はどのように海外での知名度を高めていったのでしょうか。

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