金融・Fintechジャーナリスト。2000年よりWebメディア運営に従事し、アイティメディア社にて複数媒体の創刊編集長を務めたほか、ビジネスメディアやねとらぼなどの創刊に携わる。2023年に独立し、ネット証券やネット銀行、仮想通貨業界などのネット金融のほか、Fintech業界の取材を続けている。
「マネーフォワード AI Cowork」の開発に着手したのは、発表のわずか2カ月前――2月のことだ。マネーフォワード執行役員グループCSOの山田一也氏は「2025年のAIビジョン発表当時は、今後2〜3年は98%くらい(の確信度で)『SaaS上で動かすAIエージェント』が主体になると思っていた」と打ち明ける。
しかしAnthropicが「Claude Cowork」で業務領域に踏み込んだことで、その前提が覆った。基盤モデル提供者の追撃のなかで、SaaS企業に残された道は「組み込み」「MCP(Model Context Protocol、AIと外部のツールをつなぐ共通規格)公開」「自前エージェント」の3つに整理できる。マネーフォワードはなぜ、その“全て”に張る判断を下したのか。
マネーフォワードは4月7日、記者発表会「AI Vision 2026」でバックオフィス業務に特化したAIエージェントクライアント「マネーフォワード AI Cowork」を発表した。AIに指示すると、裏側でAIエージェントがマネーフォワードの会計SaaSなどを操作し、必要な作業を自律的に実行する。グループCEOの辻庸介社長は「マネーフォワードはナンバーワンのバックオフィスAIカンパニーへ進化していく」と語り、7月の提供開始を表明した。
「マネーフォワード AI Cowork」のユーザーインターフェース。自然言語によるチャット入力を入口に、エージェント選択、タスク確認、定期実行の依頼、社内ヘルプデスクへの相談までを一つの画面から行える設計となっている当初の目論見は既存のSaaSにAIを組み込む方針だった。そこから方向転換したきっかけは、Anthropicが2026年1月以降に繰り出した一連のリリースだった。「ソフトウェア開発の世界では業務のあり方が変わった手応えがあったが、バックオフィスへの波及は数年かかると見ていた。ところがClaude Coworkによって、その世界が数年で来るという予感があり、戦略を切り替えた」。山田氏はそう振り返る。
社内では既に会計向けのMCPサーバ(AIが外部のデータやシステムと安全に連携するための橋渡し役となるプログラム)をベータ版で公開しており、その路線だけで進める案も検討された。だが、MCPサーバの公開にとどめると、顧客はClaudeとMCPの組み合わせで済ませてしまい、SaaSとして差別化できる強みが消える。「『Claudeでいいんじゃないか』と言われる可能性がある」(山田氏)。業務に特化したUXを磨く余地があると判断し、独自のエージェントクライアントの開発に舵を切った。
数字でも踏み込んでいる。同社は2030年度までにAI関連で150億円のARR(年間経常収益)創出を掲げた。SaaS事業のARRが既に約500億円規模に達するなか、次に見据える市場はデジタルワーカー市場14.1兆円だ。これは、既存のデジタルツール市場2.8兆円の約5倍に相当する。労働力の代替に踏み込めば、SaaS市場の構図は書き換わる。
マネーフォワードは2030年度までにAI関連でARR150億円以上の創出を目指す。既存のSaaS関連売上が対象とする2.8兆円のデジタルツール市場に対し、AI Coworkなどが狙うのは人件費を代替するデジタルワーカー市場の14.1兆円である(同社試算)動いたのはマネーフォワードだけではない。freeeは2月10日、共同創業者の横路隆氏をCAIOに起用し、AIビジョン「freeeコックピット」とMCP対応の方針を発表。Sansanも2025年11月にMCPサーバを稼働させた。SaaS主要各社が、ほぼ同時期にエージェント時代への布陣を組み直した形だ。
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