「もうClaudeでいいじゃん」の恐怖――マネーフォワードが挑む“三正面作戦”(3/4 ページ)

» 2026年05月27日 08時00分 公開
[斎藤健二ITmedia]

第2の道――MCPサーバで「呼び出される側」に立つ

 第2の道は、自社SaaSをMCPサーバとして公開し、外部の汎用AIから「呼び出される側」に立つ路線である。Claudeのような汎用AIクライアントから自社のデータや機能を呼び出せるようになり、ユーザーはMCPを設定するだけで、自然言語でAIに業務を頼めるようになる。

 リードしてきたのはfreeeだ。2月に公式にMCP対応を発表し、4月10日にはfreeeサイン対応によりMCP対応領域を6分野に広げ、約330本のAPIがMCPツール化に対応した。マネーフォワードも会計のリモートMCPサーバを全プランで提供開始した。Sansanは2025年11月にMCPサーバを稼働させ、住友商事が試行ユーザーとして検証を進めている。SaaS主要各社がほぼそろって動いた格好だ。

 ただし、freeeのCAIOである横路隆氏は、MCPそれ自体は差別化要因にはならないと指摘する。「MCP対応はパソコンにUSB端子がついているのと同じ。差が出るのは、その奥にどんなAPIがそろっているか、APIを叩いて何ができるか、裏側のデータがつながっているかどうかだ」。MCPは「あって当たり前」の前提条件に変わりつつあり、勝負はその裏側のAPIの厚みとデータの統合度に移っている。

 強みは、ITリテラシーの高い顧客や開発者が、ClaudeなどのAIクライアントから直接SaaSを呼び出せる点だ。AIに業務を頼むのが日常化している層には、SaaS画面を経由しないルートが用意される。一方で限界もある。Claudeを使いこなす層は中小企業や会計事務所の現場ではまだ多くない。山田氏も「みんなClaudeを契約するとは到底思えない」と話す。さらに自社の管理外にある汎用AIから呼び出される以上、レートリミットや更新系操作のリスクを抑えながら、公開範囲を慎重に広げる必要がある。

第3の道――自前エージェントで「使う側」を担う

 第3の道は、自社でAIエージェントクライアントを抱え込み、業務全体をAIが回す場所を社内に持つ路線である。マネーフォワードのAI Coworkがこの典型で、freeeも士業向けに「freeeコックピット」内で「freee Agent Hub」を提供する構想を打ち出した。

 マネーフォワードにとって、AIがユーザーとの接点を担う取り組みは初めてではない。フリーランスなど小規模事業者向けに提供を始めた「AI確定申告」では、領収書などをAIに読み込ませるだけで確定申告が勝手に進む体験を提供した。中小企業向けの「おまかせ経理」、中堅・大企業向けの「おまかせ請求回収」では、AIが処理した結果を専門スタッフが品質チェックする「AI-BPO」を提供しており、人件費の一部代替もすでに始まっている。これらの延長線上に、業務全体をAIに委ねるネイティブクライアントとしてAI Coworkがあると考えていいだろう。

 AI Coworkの中核に置かれるのは、複数のAIエージェントに指示を出す「司令塔」役のAIだ。Claude Agent SDKを使って開発されたこの司令塔が、ユーザーからの依頼を受けて、業務ごとに用意されたサブエージェントに作業を割り振る。サブエージェントは3系統――マネーフォワードがバックオフィス業務向けにあらかじめ用意したもの、開発パートナーがマーケットに登録するもの、ユーザー自身が作る独自のものだ。これらが連携して経理や請求といった業務を回していく。

AI Coworkから呼び出される稼働するマネーフォワード製AIエージェントの一例。経理財務領域だけでも、固定資産登録、カスタム帳票作成、交際費精算、経費申請、請求書ダウンロード代行、支払依頼申請といった業務に対応したエージェントが用意される
マネーフォワードが2026年5月にオープン予定の「AIエージェントマーケット」。自社製のAIエージェントに加え、開発パートナーやサードパーティが提供するAIエージェントも同一プラットフォームから導入できる仕組みだ。マネーフォワードは運営者として利用料を出品者に分配する

 業務利用のための仕組みとして、定型業務をメニューから選んで実行する機能、締め切り前にAI側から「経費精算がまだですよ」とリマインドを送る通知機能、業務上の不明点を聞ける社内AIヘルプデスクを組み込む。ガバナンス面では、AIの暴走を抑えるガードレール、AIが下書きを作り人間が承認するDraft&Approve、AIの動作を記録する監査ログ。これらを束ねる「エージェントハーネス」が、AI Coworkの肝に置かれている。なお同社は「マネーフォワード AI Cowork」について特許出願手続き済みだとしている。

 このエージェントハーネスこそが、AIにバックオフィス業務を任せる上での要となる。AIに業務を委ねれば、誤った仕訳や権限を逸脱した処理が発生したときに誰がどう責任を取るのか、どこで止めるのかという問題が必ず出てくる。承認フロー、権限境界、監査ログといったSaaSがエンタープライズ向けに長年作り込んできた要素を、AIエージェントの動作に対しても用意する必要がある。山田氏は「我々はSaaSのUIを持っているので、Draft&Approveがしやすいエージェントの体験を作れる」と話す。SaaSを持たない汎用エージェントには手の届きにくい領域だ。

 ただし、設計は一筋縄ではいかない。山田氏は「全ての業務がDraft&Approveがいいかというと、そうでもない。企業によっても方針が分かれる」と話す。定型取引は自動でいいが、減損会計のような非定型の仕訳はDraft&Approveを通したい。同じ業務でも、ある企業は承認フローを入れたい、別の企業は自動でやりたいといった選択肢を業務ごと、企業ごとに用意していく必要がある。AIが処理をミスした際の巻き戻し操作や、サンドボックスでの検証も組み込まなければならない。業務ごとの権限基準表に踏み込むこの作業は、業務理解の深さと実装の精度の両方が問われる。

 社内では「ハーネスエンジニアリング(AIやAIエージェントが、自律的かつ安全に業務をこなせるよう周辺環境を設計・整備する技術や手法)が一番難しい」という声が上がる。AI Coworkの開発において、最大のハードルはここにある。Anthropicの「Claude Cowork」は汎用側から業務領域に踏み込んできており、機能比較で常に問われる立場でもある。それでも山田氏は「Claude×MCPは競合だとは考えていない。業務要件が厳しいところはAI Coworkのほうがいい」と話す。

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