「人事とテクノロジーの融合」というテーマにおいて、もう一つ見逃してはならないのが、自らが生成AIの開発・提供をリードし、AI革命の中心にいるITの巨人、マイクロソフトの動きです。
同社は、10年以上にわたって最高人事責任者として組織を支え、サティア・ナデラCEOの下で企業文化の変革をけん引してきたキャスリーン・ホーガン氏を、新設した「ストラテジー&トランスフォーメーション担当」の執行副社長級のポジション(エグゼクティブ・バイスプレジデント)に任命しました。
これは、全社の経営戦略立案と継続的な変革を推進する、まさに「変革の司令塔」と呼ぶべき最重要ポジションです。
世界を代表するテクノロジー企業が、なぜ全社変革のトップに技術畑の人間ではなく「長年人事のトップを務めた人物」を据えたのでしょうか。
報道などによれば、この人事の背景には、AI時代の急速な変化に適応し、企業変革をドライブしていく強烈な意図が込められていると見受けられます。
どれほど優れたAIモデルを開発し、最新のテクノロジーを導入したとしても、最終的に企業変革を成し遂げ、新たなビジネスモデルを創り出すのは「人」であり、「組織文化」であり、「スキルの再定義」(リスキリング)です。
AI導入プロジェクトが失敗する最大の要因は、テクノロジーの未熟さではありません。「自分の仕事が奪われるのではないか」という人間の恐怖や「既存のやり方を変えたくない」という心理的抵抗、そして新しいツールに適応できないスキルのミスマッチです。これまでの成功体験が通用しなくなる恐怖(アンラーニングの壁)が組織全体を覆います。
つまり、AIの社会実装における最大のハードルは、テクノロジーの壁ではなく「チェンジマネジメント」(変革管理)と「心理的安全性の担保」です。
技術変革(テクノロジートランスフォーメーション)と、それに伴う人の意識や行動、組織のあり方の変革(カルチャートランスフォーメーション)を「統合してリードする役割」が存在しなければ、組織は空回りしてしまいます。
ホーガン氏の任命からは「人と組織の変革こそが、AI時代の経営戦略のど真ん中である」というメッセージが感じられます。
業種も成り立ちも全く異なるモデルナとマイクロソフトですが、彼らの挑戦からは、これからの時代を生き抜く日本企業の経営層やリーダーに向けた「共通の解」が鮮明に浮かび上がってきます。
私はこれまで数多くの大手企業の組織変革を支援してきましたが、これからの企業経営には、以下の「3つの要件」を同時に実行することが求められています。
AIは単なる現場の業務改善ツールではありません。企業文化とビジネスモデルの根本的なトランスフォーメーションです。
現場任せのボトムアップではなく、経営トップ自らが「AIとともに働く未来の組織像」と「そこで人間が発揮すべき新たな価値」を力強く語り、全社をけん引する強さが求められます。
事業構造や人員構成にまで踏み込む、経営レベルでの大胆な意思決定が不可欠です。
テクノロジーのことはCIO/CTOに、組織や評価のことはCHROに、と役割を分担する時代は終わりました。
モデルナのように管轄を拡張し同一CxOが統括するのが理想ですが、それが難しい場合は、人事部門とIT/DX部門が共同で推進する強力なタスクフォースやCoE(Center of Excellence)を立ち上げるべきです。
「AIシステムの導入計画」と「それに伴う要員計画・評価制度のアップデート」は、常に同じテーブルで議論されなければなりません。
AIができることは日々拡大していきます。それに伴い、創造性、高度な共感、倫理的判断、複雑な問題解決といった「人間ならではの付加価値」を常に問い直し、仕事のプロセスをゼロベースで解体・再定義(ワーク・プランニング)し続けるしなやかさが必要です。
同時に、新たな役割に適応するための「リスキリング(学び直し)」の環境とインセンティブを企業が惜しみなく提供し続けること。そして、過去の成功体験を捨てる「アンラーニング」を評価する仕組みへアップデートすることが重要になります。
モデルナやマイクロソフトの事例が私たちに教えてくれるのは、「AI時代において劇的な変化を求められ、かつ重要な役割を担うのは、テクノロジー部門以上に『人事部門』である」という事実です。
これまでの人事の主な役割は、決められた枠組み(箱)の中で「人を管理すること」でした。
しかしこれからの人事に求められるのは、人間とAIという多様な労働力を自在に組み合わせ、ビジネスモデルの変革に合わせてタスクとスキルを絶えず再設計していく「価値創造のアーキテクト(設計者)」としての役割です。
テクノロジーの進化が自社のビジネスモデルや組織のあり方、そして人の役割をどう変えるかを深く洞察し、その変革シナリオを自ら描き、痛みを伴う組織改編をも断行していく。そうした「人間とテクノロジーの交差点」に立てるリーダーこそが、AI時代の経営を担っていくことになるでしょう。
GrowNexus代表取締役
デロイトトーマツコンサルティングにて14年間のコンサルティング経験を経て、GrowNexusを設立。
多様な業界の大手企業・官公庁・自治体に対し、人事・組織改革、新規事業創出、業務効率化の戦略策定から実行・伴走支援まで幅広く手掛ける。近年はDX推進に加え、デジタル人材戦略から採用・配置・育成・評価・処遇に至る一貫した支援を実施。経産省・IPAのデジタルスキル標準策定も支援しており、デジタル時代の人材・リスキリングに特に強みを持つ。GrowNexusの代表として、伴走・成長支援型のサービスと、テクノロジーを融合した新しいサービスを提供。
著書に『未来のキャリアを創る リスキリング』『地銀”生き残り”のビジネスモデル 5つの類型とそれらを支えるDX』『働き方改革 7つのデザイン』他。
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