モデルナは近年、世界の経営・人事トップを驚かせる大胆な組織体制の変革を実行。 「People」(人材)領域と「Digital Technology」(デジタル技術)領域を同一のCxOがトップレベルで統括する体制へと変更し、「最高人材・デジタル技術責任者」(Chief People and Digital Technology Officer)というポジションを設置しました。
彼らの狙いは明確です。組織をけん引するコアリソースである「人的リソース」(Human)と「デジタルレイバー」(AI)を、別々の財布や論理で管理するのをやめ、人材戦略とデジタル戦略をトップレベルで一体運用することにしたのです。
驚くべきは、そのスケールと実態です。2024年の年次報告書によれば、約5800人のフルタイム従業員に対して、すでに1600もの「Custom GPTs」(自社特化のカスタムAI)が社内で稼働しており、ChatGPT Enterpriseの月間アクティブユーザーは4500人、AIを通じた月間メッセージ数は100万規模に達していることが公表されています(※1)。
(※1)出所:Moderna 2024 Annual Report
一般論として、AIエージェントは人事の福利厚生に関する24時間対応から、膨大で複雑な法務ドキュメントのリスクレビュー、さらには新薬開発における臨床試験データの処理など、専門的な領域に至るまで適用範囲が広がっています。
モデルナは生成AIの浸透度(アクティブユーザー数や稼働数)を明確なKPIとして開示しており、単なるツール導入を超えて、全社レベルでデジタルレイバーを戦略の前提に置いています。
「人間とAIの最適なポートフォリオ」を設計し、トップダウン体制で運用する。モデルナの挑戦は、AI時代における組織論の一つの理想形を私たちに提示しています。
モデルナが示唆する「人材戦略×デジタル戦略の一体運用」がもたらす最大のイノベーションは、組織設計の発想そのものを根本から転換することにあります。
それは、従来の「ワークフォース・プランニング」(人員計画)から「ワーク・プランニング」(仕事起点の設計)へのパラダイムシフトです。
これまで、日本の多くの企業における要員計画は、「この部署の、このポジション(箱)には何人必要か?」という“人”を起点とした思考で成り立っていました。「営業部には課長が1人、メンバーが5人必要だ」「法務担当が退職したから1人補充しよう」といった具合です。
しかし、AIが労働力として参画する世界では、このアプローチは機能しません。昨今注目を集める「スキルベース組織」(Skill-based Organization)のトレンドでは、ポジションから考えるのではなく、「この事業目標を達成するための一連のタスク(仕事の流れ:Flow of Work)は何か?」という起点に立ち、業務を徹底的に分解します。
仕事を極小のタスクに分解した上で、個々のタスクに対して次のように問い直します。
「このタスクは、人間の高度な文脈理解や共感力、倫理的判断が必要だから人間がやるべきか?」
「それとも、このタスクは膨大なデータ処理とパターン認識が求められるため、AIが担うべきか?」
例えば、法務部門の契約書チェック業務であれば、「過去の類似契約書との差分抽出や、自社ガイドラインとの突き合わせ」といったタスクは、圧倒的なスピードと正確性を持つAIに任せます。そして、人間は、AIが抽出したリスクを基に「最終的な事業リスクの判断」や「取引先との高度な交渉」といった、人間にしか出せない付加価値の領域に全力を注ぐよう再配置されます。
こうして最適な担い手をフラットにアサインしていくと、どうなるのでしょうか。
旧来の「書類チェック担当」といった大雑把なジョブディスクリプション(職務記述書)は陳腐化し、これまでに存在しなかった新しい役割が定義される一方で、AIによって完全に代替可能なポジションは形を変えていきます。
AIを導入して「今の仕事を楽にする」のではありません。AIが存在することを前提に、仕事のプロセスそのものをゼロベースで再構築し、それに合わせて組織図を描き直すのです。
この「ワーク・プランニング」の視点を持てるかどうかが、今後の企業の生産性を左右することになります。そしてこれを実行するには、テクノロジーの限界と可能性を知るITの知見と、人間のモチベーションやスキルを知る人事の知見が完全に融合していなければならないのです。
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