生成AIの活用が急速に広がる中、その影響はデジタル空間から物理的な空間へと移りつつある。日立製作所でAI戦略をリードする吉田順氏は「2025年のAIエージェント元年を経て、2026年はフィジカルAIの時代に入ったと感じる」と話す。
日立製作所はAIソリューション群「HMAX」を軸に、現場業務の変革に踏み込んでいる。
同社には110年以上にわたる“ものづくり”の歴史がある。茨城県の小さな修理工場でモーターを製造していた同社は、エレベーター、鉄道、発電所など、社会インフラとなるプロダクトを世界に送り出してきた。
「ものづくりの実績はフィジカルAIと相性がいいです。私たちはAI開発そのものよりも、活用に軸足を置いています。パートナー企業と連携しながら生成AIやフィジカルAIを使いこなし、社会課題を解決する世界トップクラスの『AIの使い手』になることを目指しています」(吉田氏)
プロダクトとITを掛け合わせることで現場の価値を最大化し、社会課題の解消に挑む。その実現を支えるのが、AIエージェントとフィジカルAIの活用だ。
本稿は、AIポータルメディア「AIsmiley」を運営するアイスマイリー(東京都渋谷区)が4月7〜8日に主催した「AI博覧会 Spring 2026」を取材したもの。
日立グループ内では、約28万人の従業員がAIを日常的に使用している。社内で稼働するAIエージェントは数千種類におよび、翻訳や議事録作成といった一般業務から、人事・法務などの間接部門まで、活用の幅は広い。
社内でAIエージェント活用を進める中で課題として挙がるのが「現場の暗黙知の継承」だという。マニュアルや作業履歴などをAIに学習させても、熟練者の代替にはならない。なぜなら、現場では熟練工本人も気付いていない「無意識の知識」が数多くあるからだ。
同社では、このような暗黙知を引き出すためにさまざまなアプローチを試した結果、3つの手法にたどり着いたという。
フィールドワークによって行動を観察し、その記録を残す研究手法で、民俗学、文化人類学などでよく使われている。専門家が熟練者の後ろをついて回り、現場を観察してメモする。その後「なぜあの時、あのような動きをしたのか」をインタビューで深掘りして、ノウハウをデータ化する。
「この方法では、誰がインタビューをするかが肝になります。対象業務の知識が全くない人でも、熟知している人でも適していません。業務に対する一定の知識がありつつ、エスノグラフィーを理解していることが必要になります」(吉田氏)
エスノグラフィーのように人がインタビューする場合、心理的障壁が生まれたり、インタビュー時間の確保が難しかったりする課題が起こり得る。
そこで活用するのが「逆質問型AI」だ。AIが熟練者に「あの作業のポイントは何か」「このような場合どのような対応を取るか」などと問いかけ、AIとの対話を通じてナレッジを蓄積する。24時間回答可能で、空き時間に対応できるため回答者の負担が小さい。
同社では複数のAIエージェントが連携するマルチエージェントを活用し、回答に応じて質問を切り替えるなどの方法で、より深い情報を引き出している。
「言語化しづらい身体的な活動」は動画で撮影してAIが分析・解説する。例えば、熟練者と非熟練者の手の動きをAIに比較・解説させるといった方法がある。
重要なのは撮り方。手の動きや光の当たり方など、業務内容によってどこにフォーカスするかを検討する必要がある。現場の知識を持つ専門家が分析用のプロンプトを工夫することで、動画からナレッジを抽出する。
毎秒「10回→100回」の動作指示が可能に 日立のフィジカルAI「3つの新技術」とは?
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