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ニコンが挑んだ「宇宙用望遠鏡」開発 “打ち上げ時の衝撃”に耐える構造求め「試作を繰り返した」――舞台裏に迫る

» 2026年05月21日 07時00分 公開
[荒岡瑛一郎ITmedia]

 人類が月面に立った「アポロ計画」から約半世紀、人類は再び月を目指している。NASA(米航空宇宙局)が主導する月探査プロジェクト「アルテミス計画」が進行中で、2026年4月には有人月周回に成功した。

 同ミッションで話題を呼んだのが「月の裏側から地球を撮った写真」だ。撮影に使われたのは、ニコンの一眼レフカメラ「Nikon D5」だった。2028年に予定される有人の月面着陸では上位機種「Nikon Z9」が使われる予定だ。

photo Artemis IIのミッションで撮影された月の写真(出所:NASAのImage and Video Library

 「ニコンにおける宇宙への挑戦の歴史は古く、創業直後から天体観測用の望遠鏡を作り始めた。1931年に東京科学博物館に納入した『20cm屈折望遠鏡』は、天体望遠鏡の国産化第1号といわれている」――ニコンの大村泰弘社長執行役員CEOは、5月19日の記者会見でこう話した。

 ニコンは今、宇宙領域で存在感を放っている。5月19日には、宇宙ベンチャーのアクセルスペース(東京都中央区)が打ち上げる7基の地球観測衛星「GRUS-3」に望遠鏡を提供したと発表した。

 ニコンの望遠鏡とアクセルスペースのイメージセンサー(撮像素子)を組み合わせることで、東京都23区と同じ広さを撮影した画像から「羽田空港に並ぶ航空機の種類が識別できる」ほど高精細な衛星画像を取得できるという。

 同望遠鏡の開発には、宇宙領域ならではの難しさがあったという。ニコンの大村社長と同社開発部の担当者が宇宙ビジネスの現在地を語った。

photo ニコンが開発した宇宙用望遠鏡の試作機(左)と、GRUS-3の2分の1スケール模型(右)(編集部撮影、以下同)

“カメラのNikon”が宇宙用望遠鏡を開発した理由

 ニコンは、主要な事業セグメントの全てで宇宙関連ビジネスを展開している。カメラを軸とする「映像事業」では、NASAのアルテミス計画に参画してカメラ開発を支援。「ヘルスケア事業」では、国際宇宙ステーションで使う細胞観察装置を納入した。「デジタルマニュファクチャリング事業」では、大型金属3Dプリンタで航空宇宙関連の部品製造をサポートしている。

 こうしたニコンの光学技術や精密加工技術を生かして特注品を作る「インダストリー事業」(旧コンポーネント事業)で、人工衛星向け望遠鏡の開発・製造を手掛けている。

 「ニコンの技術、知見を生かして高い光学性能と宇宙環境耐性を両立させている。日本の望遠鏡が、宇宙で素晴らしい画像、映像を撮影する一助になりたい。アクセルスペースとのパートナーシップによる地球観測にも貢献する」(大村社長)

photo ニコンの大村泰弘社長

人工衛星7基に望遠鏡を提供 「試作を何度も繰り返した」

 ニコンは、アクセルスペースが2018年に打ち上げた地球観測衛星「GRUS-1」の初号機から望遠鏡を提供している。GRUS-1で取得した衛星画像や解析データは「地図の作成」「作物の生育状況の把握」「違法な鉱山開発の監視」などに活用されている。

 アクセルスペースはGRUS-1を5基運用しており、GRUS-3を7基軌道に投入することで、地上の各地点を1日1回の頻度で撮影できるようになる。同社の中村友哉代表取締役によると「国内民間企業による商用光学衛星群として国内最多」だという。

 GRUS-1とGRUS-3向け望遠鏡の開発について、ニコンの谷喜朗氏(カスタムプロダクツ事業部開発部 第二開発課長)は「宇宙用望遠鏡の開発は非常に難しく、解析や試作を何度も繰り返した」と話す。

photo 地球観測衛星GRUS-3の模型に並んで手を組むニコンの大村泰弘社長(左)と、アクセルスペースの中村友哉代表取締役(右)

求められた“人工衛星サイズ”への小型化

 GRUSシリーズ向け望遠鏡の開発で立ちはだかったのが「衛星サイズに収まる望遠鏡を作る」という課題だった。一般的なカメラレンズで採用されている「屈折タイプ」は、製造は容易だが、幅を要するため衛星に収まりきらない。コンパクトな「反射タイプ」は小型化に向くが、製造難易度が高いミラーを使う必要がある。

 ニコンは考え抜いた末、屈折タイプと反射タイプの利点を併せ持つ「裏面反射ミラー」を使うことでサイズと光学性能を両立させることに成功した。

photo GRUSシリーズ向け望遠鏡で採用した光学系技術(出所:ニコンの発表資料)

“打ち上げ時の衝撃”に耐える構造をどう作る?

 望遠鏡の光学設計が決まった後、次に求められたのが厳しい宇宙環境に耐えられる構造だ。

 「GRUSシリーズ向け望遠鏡はロケット打ち上げ時の振動で、最大700G(重力加速度)かかる場合があり、光学部品や支持構造に大きな負担がかかる。地球周回時には、太陽光の当たり方によって温度が最大70度変化する。部品に含まれる水分が蒸発し、光学性能に影響する場合もある」(谷氏)

 同社は、培ってきたレンズやミラーの製造・研磨技術、マイクロメートル単位で調整できる組み立て技術などを駆使して、望遠鏡を製造した。

 谷氏は「打ち上げ後に不具合が生じても、現地に行って修理できない」と話し、打ち上げや宇宙環境と同じ環境を再現して性能試験を繰り返すことで「アクセルスペースが求める光学性能を満たす望遠鏡の開発に成功し、安定して製造可能になった」と説明する。

 GRUS-3の7基は、7月以降に米SpaceXのロケット「Falcon 9」で打ち上げられる。地球の軌道上に等間隔に配置され、地球観測の任務に就く予定だ。

photo 望遠鏡の製造にニコンの技術を結集させた(出所:ニコンの発表資料)

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