──日本企業の課題として「ナレッジ不足」を指摘されました。庭山さんは中央大学大学院のビジネススクールで客員教授をされていますが、とはいえ日本でBtoBマーケティングを学べる場は、そう多くないのが現状かと思います。
いや、ほんとうに。だからシンフォニーマーケティングでも6年前から研修・人材育成サービスを始めたんです。なぜなら、日本にあるマーケティング研修サービスはぜんぶBtoC向けですから。消費財のマーケティングの話ばっかり。それでは工作機械や樹脂、半導体などを製造・販売している人たちのナレッジにはなりません。
──外資系のBtoB企業ではどうでしょうか。本国のナレッジをうまく活用しながら戦略立案できていると思いますか?
外資系と言っても、米国本社から見れば、日本の現地法人はイチ営業所に過ぎませんからね。そもそも日本に戦略立案は求めていないと思います。
それに、ほとんどの外資系企業のマーケティング戦略は、米国本社で立てたものをそのまま日本に持ってきているだけ。日本の商慣習を踏まえていないので、成功していないところもたくさんありますよ。
──なるほど。庭山さんはどんなところで「日本のBtoBマーケティングは遅れているな」と感じられるのでしょうか。
例えば、私が教えている社会人の学生さんたちに「MDFという言葉を知っている人?」と聞いたら、誰も手が上がらなかった。MDF(Marketing Development Fund)とは、メーカーやベンダーが自社製品を販売してくれる代理店に提供するマーケティング予算のこと。マーケティング先進国では盛んに研究されている「PRM」(Partner Relationship Management:販売代理店活用)において、非常に重要なワードです。
みなさんのPCにも「Intelシール」が貼られていませんか? その原資となっているのがIntelのMDFです。つまり、Intelは自分たちのマーケティング予算とは別に、販売代理店のマーケティングを支援する予算を用意しているわけです。
外資系企業は、このMDFの使い方がめちゃくちゃうまい。MDFが大きければ値引きできる余地が広がり、コンペでの勝率も大きく変わってきますからね。販売額に連動してMDFのボリュームを変えることで、販売代理店のモチベーションを高く維持している。MDFをうまくコントロールできるかどうかが、日本企業と外資系企業の決定的な違いでしょう。
──メーカーやベンダーはMDFを販売代理店に渡したら終わりではなく、どう使うかまで管理するということですか?
もちろんです。だから協賛とは全然違います。
例えば、外資系のITベンダーが日本で新製品を発表したときを想定してください。本当はMDFを渡して販売代理店にマーケティングをしてほしいけれど、日本の販売代理店であるSIerには、マーケティングのナレッジがない。
そこで「うちがお金を出すから、シンフォニーマーケティングにキャンペーン設計してもらえ」と指示を出すわけです。ベンダーからしてみれば、自分たちのマーケティング戦略をしっかりと理解しているエージェンシーを使うならお金を出してもいいが、変なところにだまされてブランド毀損(きそん)なんてされたら、たまりませんからね。
──日本企業がこれからマーケティングナレッジを培うためにできることはありますか?
まずは経営層にマーケティングを学んでもらいたい。日本とは違って、欧米諸国の経営層は、MBA取得率が高いですよね。MBAが万能だと思っているわけではありませんが、少なくともMBAを取得する過程で必ず、マーケティングを学ぶことになります。そうすると、最低限マーケティングマネジャーと会話できるようにはなるし、レポートくらいは読めるようになる。
いまの日本のBtoB企業は、経営が何のマーケティングナレッジも持たない状態で「なんかBtoBマーケティングっていうのが流行っているらしいぞ」「競合もやっているなら、うちもやらなくては」くらいの感覚でマーケティング部門をつくってきました。そして「MAがほしい」「SFAもほしい」「コンテンツをつくりたい」「展示会に出たい」と現場から言われるままに、予算を渡してきた。経営層がマーケティングを分かっていないから、どんなミッションを与えたらいいか分からないし、何で評価すればいいかも分からない。そんな“分からない尽くし”で、マーケティング部門がワークできるはずがありません。
シンフォニーマーケティングではBtoBマーケティングの偏差値を出すフレームワークを持っていて、過去1万人ほどがアセスメントを受けていますが、良い大学を出た日本の大企業の人たちでも、マーケティング偏差値はまぁ驚くほど低いですよ。
経営層や営業の偏差値が60、専門知識が必要なマーケティング部門が65くらい取れるようになれば、日本企業もめちゃくちゃ強くなるはずです。
──では最後に、これから日本のBtoBマーケティングはどうなっていくと思いますか?
間違いなくマーケティングの二極化はこれまで以上に進むでしょうね。
AIが登場して、マーケティングはますます複雑怪奇になっています。これまでは、アクセス解析を真面目にやってきた企業ほど、Botのログを排除してきたと思います。しかし、AIエージェントが普及するようになったら、人間のアクセスよりもむしろBotのアクセスを高いスコアで評価しなければならなくなる。エージェントはミッションを持ってアクセスしていますから、重要なシグナルとして、ちゃんとカウントする必要があります。
スタートアップや社内にデータの蓄積がない中堅・中小企業は、GTMシンギュラリティのような世界に行かざるを得ないけれど、逆に、ファーストパーティデータをすでに蓄積しているエンタープライズ企業は、ファーストパーティオリエンテッド(ファーストパーティ至上主義)に原点回帰すると思います。
だって日本のエンタープライズ企業には、長い歴史のなかで蓄積された“名刺情報”という宝が山ほどあるわけですから。これをほったらかしておくなんて、もったいなさすぎるじゃないですか。少なくともこの宝の山を掘り尽くすまでは、ABM(アカウント・ベースド・マーケティング)一本で十分やっていけるはずです。
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