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1億円フェラーリEVが酷評 時価総額「8500億円消失」でもぶらさない「経営の軸」(1/2 ページ)

» 2026年06月05日 07時00分 公開
[大杉春子ITmedia]

著者紹介:大杉春子(おおすぎ・はるこ)

レイザー代表取締役/RCIJ代表理事

コミュニケーション戦略アドバイザーとしてPR戦略の企画から危機管理広報まで、企業・行政のブランド価値向上を包括的に支援。

日本において唯一、コミュニケーション戦略におけるリスク管理に特化したカリキュラムを展開する日本リスクコミュニケーション協会(RCIJ)を2020年に設立。

上場企業や防衛省での豊富な実績を持つ。

 「高い日産のリーフみたい」

 これは5月に高級スポーツカー「フェラーリ」を手掛ける伊Ferrari N.V.(オランダ籍)が、同社初の完全電気自動車「ルーチェ」を発表した直後の、市場からの反応です。価格は約64万ドル、日本円にしておよそ1億円です。

 停止状態から2.5秒で時速60マイル(約96キロ/h)に達する加速性能。デザインを手掛けたのは、米AppleでiPhoneやiMacを生み出した元デザイン責任者のジョナサン・アイブ氏です。普通に考えれば、文句のつけようがない座組み。ところが、市場の反応は冷たいものでした。

 「はるかに安い大衆車、日産リーフに似ている」と揶揄(やゆ)する声が上がり、発表直後、Ferrari N.V.の株価はミラノ市場で一時8%下落。時価総額にして最大で約46億ユーロ(約8500億円)が一時的に消失しました。

 ルーチェは「フェラーリらしさ」を失った失敗作なのか、それとも時代を先駆ける歴史的イノベーションなのか。

 同社は発表直後に猛烈な逆風に晒されながらも、全くひるまない姿勢を見せています。今回の記事では、ルーチェの事例に加え、かつて米Teslaが「サイバートラック」で巻き起こした逆転劇の記録をひもときながら、経営層が学ぶべき「市場の批判との向き合い方」を考えていきます。

photo01 Ferrari N.V.初の完全電気自動車「ルーチェ」(プレスリリースより)

フェラーリCEO「平凡なものから革新は生まれない」

 厳しい市場の反応に対して、フェラーリ側は全くひるみませんでした。ベネデット・ヴィニャCEOは、プレスリリースと自身のLinkedInを通じて、はっきりと反論しました。

 LinkedInでは、ネット上の反発に対し「真のイノベーションは、即座に賛同を得られるものではない。平凡なものからは、革新は生まれない」と投稿。さらに踏み込んで「急進的なブレークスルーとは、本質的に現状に挑むものだ」と述べ、ルーチェは「フェラーリのDNAを新技術に当てはめたのではなく、全くの白紙から未来を描き直したものだ」と語っています。

 プレスリリースでも、その姿勢は一貫していました。「企業は、あえて新しい技術の難題に挑む勇気を持つことで、リーダーシップを示せる」と述べ、ルーチェの発表を「全く新しいフェラーリ」を生み出すための第一歩だと位置付けました。

 ここで市場が浴びせた批判の矛先に、注目してみましょう。性能でも価格でもなく「フェラーリらしさ」に、批判が集まりました。イタリアの政治家、フェラーリの元経営陣など立場の違う人たちに共通した反応は「フェラーリに見えない」でした。

 考えてみれば、フェラーリの価値は、馬力だけではありません。エンジンの咆哮(ほうこう)。なめらかな曲線。所有することの誇り。買った瞬間に手に入る、ある種の物語──さまざまな価値があります。

 報道によると、新型ルーチェは本拠地の伊マラネロで生まれたというより、米カリフォルニアのどこかで設計されたかのような佇まいだった、と評されています。

 「日産のリーフみたい」という言葉で誤解してほしくないのは、リーフが悪い車だという話ではありません。むしろリーフは、電気自動車がまだ珍しかった頃から市場を切り開いてきた、先駆者です。だからこそ市場は、その佇まいに「リーフ」の影を見て戸惑ったと言えます。

ネット上の「ノイズ」と、購入者の評価は一致しない

 ネット上には、デザインを批判する声があふれているように映ります。一方でフェラーリの顧客は、しばしば複数台を所有するような、ごく限られた人たちです。

 だとすれば、一部の人がネット上で発する「ノイズ」と、実際に買う人たちの評価は、必ずしも一致しないと見るのが自然でしょう。むしろ企業側は、オンラインの批判をある程度割り切って構わない、という見方すら成り立つかもしれません。

 ヴィニャCEOは、ルーチェの狙いを「既存顧客に訴えると同時に、これまでフェラーリを検討したことのなかった新しい層を惹きつけること」だと語っています。

 肝心の既存オーナーがルーチェを実際どう評価しているのか、それを示すデータは今のところ見当たらないので、本当のターゲットの本音はまだ不明というのが実情に近いかもしれません。

photo01 厳しい市場の反応に対して、フェラーリ側は全くひるまなかった(写真提供:ゲッティイメージズ)

「子どもが描いた車」と酷評 Tesla「サイバートラック」の逆転劇

 新車の発表で株価を落とした企業は、Ferrari N.V.が初めてではありません。2019年、Teslaが発表したサイバートラックの事例があります。「割れない」とうたっていた窓ガラスが、実演の最中に派手に割れてしまったのです。会場は凍りつきました。

 このトラブルに対し、観客のみならずウォール街のアナリストたちも、容赦なく酷評しました。あるアナリストは、発表を「急ぎすぎた」と指摘し、既存のトラック愛好家を失望させ「ニッチな製品」で終わるだろうと断じました。デザインは「子どもが描いた車みたい」と揶揄され、株価は一時6%以上急落しました。

 ところがTeslaが、100ドルの予約金でプレオーダーを受け付け始めると、潮目が変わります。数日のうちに予約は20万件を突破。全て成約すれば、100億ドル以上の売り上げに相当する数字でした。経営陣はこの予約数をもって需要を証明してみせ、株価も時間外取引で約4%戻していきました。

「批判があるから失敗」と即断するのは早い

 「子どもが描いた車みたい」 「高いリーフ」

 これらの反応は批判というより、戸惑いの表現だったのかもしれません。多くの人は、知らないものに出会うと、知っているものに例えようとします。強い反発が起きるということは、裏を返せば「いつものものさしでは測れない何かが現れた」というサインとも受け取れます。

 もちろん、批判されたものが全て成功するなどと言うつもりはありません。しかし「批判の声があるから失敗だ」と即断するのは、少なくとも早すぎると考えます。では、企業は何を読み取ればいいのしょうか。

批判を「消す」な、裏を「読め」

 新しい商品や事業を世に出すとき、時にSNS上では大なり小なり批判めいた反応は必ず起こります。問題は、その批判とどう向き合うかです。

 多くの企業でやりがちなのは「批判をなくそう」とすることです。叩かれたら火を消し、頭を下げる。もちろん、それが必要な場面もあります。しかし、新しい挑戦への批判を片っ端から消そうとすると、たいてい、その挑戦そのものが少しずつ角を削られて、丸く、無難で、誰の心も動かさないものに変わっていきます。大切なのは、批判を「消す」前に、その裏側を「読む」ことです。

 批判の裏には多くの場合、愛着や期待が隠れています。企業が読むべきなのは「何を言われたか」ではなく、消費者が「なぜ、そう言いたくなったのか」が重要なのです。表面の言葉ではなく、その下にある期待と不安を読む。そこさえ間違えなければ、解決の糸口は見つかります。

 そして発表直後の株価や反応だけで、成功か失敗かを決めてしまうのは、極めて危ういことでもあります。

 発表翌日の株価は、いわば「最初の感想」にすぎません。大事な情報ではありますが、最終評価ではない。フェラーリには数年先までの受注残があり、直近の業績も悪くないと報じられています。一日で消えた50億ドルが、一年後にどうなっているかは、まだ誰にも分からないのです。

 事実、ルーチェ発表から1週間以上がたった現在、Ferrari N.V.の株価は発表直後の底値(283ユーロ付近)から304ユーロ超へと、すでに大きく反発しています。ニューヨーク市場(NYSE)でも353ドル超まで急速に回復しています。米Goldman Sachsなどの主要アナリストたちも「買い」の評価を崩しておらず、市場の「最初の感想」が、いかに一過性のノイズであったかが証明されつつある状況です。

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