「高い日産のリーフみたい」
これは5月に高級スポーツカー「フェラーリ」を手掛ける伊Ferrari N.V.(オランダ籍)が、同社初の完全電気自動車「ルーチェ」を発表した直後の、市場からの反応です。価格は約64万ドル、日本円にしておよそ1億円です。
停止状態から2.5秒で時速60マイル(約96キロ/h)に達する加速性能。デザインを手掛けたのは、米AppleでiPhoneやiMacを生み出した元デザイン責任者のジョナサン・アイブ氏です。普通に考えれば、文句のつけようがない座組み。ところが、市場の反応は冷たいものでした。
「はるかに安い大衆車、日産リーフに似ている」と揶揄(やゆ)する声が上がり、発表直後、Ferrari N.V.の株価はミラノ市場で一時8%下落。時価総額にして最大で約46億ユーロ(約8500億円)が一時的に消失しました。
ルーチェは「フェラーリらしさ」を失った失敗作なのか、それとも時代を先駆ける歴史的イノベーションなのか。
同社は発表直後に猛烈な逆風に晒されながらも、全くひるまない姿勢を見せています。今回の記事では、ルーチェの事例に加え、かつて米Teslaが「サイバートラック」で巻き起こした逆転劇の記録をひもときながら、経営層が学ぶべき「市場の批判との向き合い方」を考えていきます。
厳しい市場の反応に対して、フェラーリ側は全くひるみませんでした。ベネデット・ヴィニャCEOは、プレスリリースと自身のLinkedInを通じて、はっきりと反論しました。
LinkedInでは、ネット上の反発に対し「真のイノベーションは、即座に賛同を得られるものではない。平凡なものからは、革新は生まれない」と投稿。さらに踏み込んで「急進的なブレークスルーとは、本質的に現状に挑むものだ」と述べ、ルーチェは「フェラーリのDNAを新技術に当てはめたのではなく、全くの白紙から未来を描き直したものだ」と語っています。
プレスリリースでも、その姿勢は一貫していました。「企業は、あえて新しい技術の難題に挑む勇気を持つことで、リーダーシップを示せる」と述べ、ルーチェの発表を「全く新しいフェラーリ」を生み出すための第一歩だと位置付けました。
ここで市場が浴びせた批判の矛先に、注目してみましょう。性能でも価格でもなく「フェラーリらしさ」に、批判が集まりました。イタリアの政治家、フェラーリの元経営陣など立場の違う人たちに共通した反応は「フェラーリに見えない」でした。
考えてみれば、フェラーリの価値は、馬力だけではありません。エンジンの咆哮(ほうこう)。なめらかな曲線。所有することの誇り。買った瞬間に手に入る、ある種の物語──さまざまな価値があります。
報道によると、新型ルーチェは本拠地の伊マラネロで生まれたというより、米カリフォルニアのどこかで設計されたかのような佇まいだった、と評されています。
「日産のリーフみたい」という言葉で誤解してほしくないのは、リーフが悪い車だという話ではありません。むしろリーフは、電気自動車がまだ珍しかった頃から市場を切り開いてきた、先駆者です。だからこそ市場は、その佇まいに「リーフ」の影を見て戸惑ったと言えます。
ネット上には、デザインを批判する声があふれているように映ります。一方でフェラーリの顧客は、しばしば複数台を所有するような、ごく限られた人たちです。
だとすれば、一部の人がネット上で発する「ノイズ」と、実際に買う人たちの評価は、必ずしも一致しないと見るのが自然でしょう。むしろ企業側は、オンラインの批判をある程度割り切って構わない、という見方すら成り立つかもしれません。
ヴィニャCEOは、ルーチェの狙いを「既存顧客に訴えると同時に、これまでフェラーリを検討したことのなかった新しい層を惹きつけること」だと語っています。
肝心の既存オーナーがルーチェを実際どう評価しているのか、それを示すデータは今のところ見当たらないので、本当のターゲットの本音はまだ不明というのが実情に近いかもしれません。
新車の発表で株価を落とした企業は、Ferrari N.V.が初めてではありません。2019年、Teslaが発表したサイバートラックの事例があります。「割れない」とうたっていた窓ガラスが、実演の最中に派手に割れてしまったのです。会場は凍りつきました。
このトラブルに対し、観客のみならずウォール街のアナリストたちも、容赦なく酷評しました。あるアナリストは、発表を「急ぎすぎた」と指摘し、既存のトラック愛好家を失望させ「ニッチな製品」で終わるだろうと断じました。デザインは「子どもが描いた車みたい」と揶揄され、株価は一時6%以上急落しました。
ところがTeslaが、100ドルの予約金でプレオーダーを受け付け始めると、潮目が変わります。数日のうちに予約は20万件を突破。全て成約すれば、100億ドル以上の売り上げに相当する数字でした。経営陣はこの予約数をもって需要を証明してみせ、株価も時間外取引で約4%戻していきました。
「子どもが描いた車みたい」 「高いリーフ」
これらの反応は批判というより、戸惑いの表現だったのかもしれません。多くの人は、知らないものに出会うと、知っているものに例えようとします。強い反発が起きるということは、裏を返せば「いつものものさしでは測れない何かが現れた」というサインとも受け取れます。
もちろん、批判されたものが全て成功するなどと言うつもりはありません。しかし「批判の声があるから失敗だ」と即断するのは、少なくとも早すぎると考えます。では、企業は何を読み取ればいいのしょうか。
新しい商品や事業を世に出すとき、時にSNS上では大なり小なり批判めいた反応は必ず起こります。問題は、その批判とどう向き合うかです。
多くの企業でやりがちなのは「批判をなくそう」とすることです。叩かれたら火を消し、頭を下げる。もちろん、それが必要な場面もあります。しかし、新しい挑戦への批判を片っ端から消そうとすると、たいてい、その挑戦そのものが少しずつ角を削られて、丸く、無難で、誰の心も動かさないものに変わっていきます。大切なのは、批判を「消す」前に、その裏側を「読む」ことです。
批判の裏には多くの場合、愛着や期待が隠れています。企業が読むべきなのは「何を言われたか」ではなく、消費者が「なぜ、そう言いたくなったのか」が重要なのです。表面の言葉ではなく、その下にある期待と不安を読む。そこさえ間違えなければ、解決の糸口は見つかります。
そして発表直後の株価や反応だけで、成功か失敗かを決めてしまうのは、極めて危ういことでもあります。
発表翌日の株価は、いわば「最初の感想」にすぎません。大事な情報ではありますが、最終評価ではない。フェラーリには数年先までの受注残があり、直近の業績も悪くないと報じられています。一日で消えた50億ドルが、一年後にどうなっているかは、まだ誰にも分からないのです。
事実、ルーチェ発表から1週間以上がたった現在、Ferrari N.V.の株価は発表直後の底値(283ユーロ付近)から304ユーロ超へと、すでに大きく反発しています。ニューヨーク市場(NYSE)でも353ドル超まで急速に回復しています。米Goldman Sachsなどの主要アナリストたちも「買い」の評価を崩しておらず、市場の「最初の感想」が、いかに一過性のノイズであったかが証明されつつある状況です。
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