一方で、阪急が重視しているのは店舗そのものも魅力を高めることです。
阪急うめだ本店は2012年、「劇場型百貨店」をコンセプトにグランドオープンしました。単に商品を販売するだけでなく、その背景にある文化やライフスタイルまで提案することで、顧客に新たな価値を提供することを目指しています。
同社は、国内外から顧客を呼び込む「グローバルデパートメントストア」の実現に向けて、売場改装を継続的に行ってきました。
2025年4月には「BEYOND WORLD」(国内外の人気ファッションブランドやライフスタイルブランドを集めたエリア)をオープンし、同年10月には「プレミアムワールド」(高級時計や宝飾品など高額商品の売場)の移転リニューアルを実施。2026年3月に「HANKYU LUXURY」(海外高級ブランドを集積したラグジュアリーゾーン)をオープンするなど、大規模なリモデル投資を進めてきました。ファッションスナップの取材によると、リモデルにおける投資額は約120億円に上るといいます。
改装に伴い、一時的な営業面積の縮小や販管費の増加に伴い、2026年3月期の百貨店事業は減収減益となりました。しかし、同社はこの減益を将来の成長に向けた先行投資と捉えており、2026年度の目標売上高として4000億円を掲げています。
阪急うめだ本店は、大阪・梅田という巨大ターミナルに立地し、幅広い客層を取り込める強みを持っています。一方で、その集客力に依存するのではなく、来店自体を目的化する体験価値の創出にも力を入れています。
その象徴が、9階に設けられた4層吹き抜けの大空間「祝祭広場」です。ここでは英国フェアやバレンタイン催事など、大規模なイベントを年間を通じて開催。「何かを買うために行く場所」ではなく、「行けば新しい発見や体験がある場所」という期待感を生み出しています。
イベントで購入した商品をその場で楽しめるスペースも整備されており、単なる売場ではなく、多くの人が集い、交流する場としての役割も果たしています。この取り組みは、近年重視される「コト消費」(体験や経験への消費行動)とも親和性が高く、来店動機の創出につながっているといえるでしょう。
同店を運営する、阪急阪神百貨店の山口俊比古社長は、阪急うめだ本店の強さについて「創業者の小林一三のDNAを受け継いできたからこそ今がある」と語っています(参照:日本経済新聞「百貨店閉店で失われるもの 多様な人が集う場所、街の魅力の源泉」)。
小林氏は鉄道事業だけでなく、沿線開発や百貨店事業を一体で育てたことで知られ、「お客さまの暮らしを豊かにする」という考え方を経営の根幹に据えました。阪急うめだ本店では、その精神を受け継ぎながら、単なる物販の場ではなく、催事やイベントを通じて新たな発見や体験を提供する「暮らしの劇場」を目指しています。
独自の売場づくりや顧客目線の提案力が、多くの来店客を引き付ける原動力となっており、関西を代表する百貨店としての地位を支えているといえるでしょう。
ここまで見てきたように、三越伊勢丹は「顧客資産」を磨くことで顧客との関係性を深め、阪急うめだ本店は「店舗価値」を磨くことで来店したくなる体験を生み出しています。同じ百貨店でありながら、そのアプローチは対照的です。
もっとも、両社が目指しているものは共通しています。人口減少が進む中、単に商品を販売するだけでは持続的な成長は難しくなっています。顧客との長期的な関係を築き、選ばれ続ける存在になることこそが、両社の戦略の根底にある考え方といえるでしょう。
百貨店業界を取り巻く環境が変化する中で、両社の取り組みは、それぞれ異なる方向から百貨店の未来像を示しているといえそうです。
大阪府立大学経済学部卒。第二地方銀行にて預金・融資業務、消費者金融では債権回収、信用組合においては融資・経理・審査管理に従事。
現在はフリーライターとして、資金調達・資金繰り、銀行融資、ファクタリング等の金融ジャンルを中心に執筆する。
審査・回収・債権管理といった現場経験を踏まえ、制度や数字の解説にとどまらず、実務上の論点や注意点まで整理して提示することを得意とする。
中小企業の資金繰り改善や金融機関対応に関する記事実績多数。金融機関向け通信講座教材の企画・執筆経験あり。
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