小林暢子
戦略系コンサルティングファームを経て、BIG4のパートナーを7年半務める。現在フリーの経営コンサルタントとして活動。ビジネススクール卒業後、米国での勤務経験あり。多文化的な視点から、日本語・英語の両方でオピニオンやコラムを執筆中。
時は15〜16世紀、戦国時代の日本。あなたは一国の主だと想像してほしい。食うか食われるかの時代、領土をどのように守り、他国を侵略して領地をどう増やせるだろうか。
兵力や技術力も重要だが、まず「地理の理解」が基本中の基本だ。自国に自然の要塞(ようさい)となる山や大きな河川はあるか。海に面していれば、海戦に持ち込む選択肢もある。交易路となる交通の要衝を抱えているかどうかも死活問題だ。こうした地理的条件によって、あなたの打つ手は大きく左右される。
時代が下った2026年現在。米国の関与によって始まった「中東危機」は、3月にイランがホルムズ海峡を事実上封鎖したことにより、形勢が大きく変わった。世界で消費される原油の2〜3割がホルムズ海峡を通って輸出されるため、同海峡を押さえる国は国際エネルギー相場を操れる。地理的条件がパワーバランスに直接影響する事例である。日本の原油輸入の約9割はこの海峡を経由する。対岸の火事ではない。
このように「地理」と「国家の顕在・潜在力や外交姿勢」を結び付けて考えるのが「地政学」だ。もちろん、急に出てきた学問ではない。実は、戦前の日本などで植民地政策の根拠として利用された歴史があることから、戦後はやや鳴りを潜めていた。現代の地政学はその反省を経て、国家のみならず企業や国際機関にも使われる“分析ツール”へと生まれ変わった。
では、なぜ今になって、地政学なのか?
これは、2010年代後半から色濃くなった「アンチ・グローバリゼーション」の波と不可分だと考える。「グローバリゼーション」はグローバルといいつつも、実態は非常に米国中心な波だった。ソ連崩壊による冷戦の終焉(しゅうえん)以降、圧倒的な力を誇る米国がリーダーとなり、防衛・経済・文化の全てで世界をけん引した。防衛面では欧州でもアジアでも米国がビッグブラザーとして大きな役割を果たし、経済面では自由貿易と海外直接投資を推し進め、積極的に民主主義やハリウッド文化を輸出した。
日本もこの恩恵を受け、輸出を伸ばしながら、防衛費に税金を大きく使うことなく発展できた。大戦に懲りた世界は平たんになり、民主主義と資本主義が唯一の解として君臨するかのように思われたのが、つい30年ほど前である。
そんな世界にとって、地理は旅行者にこそ大切だが、国家の姿勢を決定するには周辺的なものにすぎなかった。国家によるあからさまな他国侵略は歴史の教科書で学ぶものになり、今ある国境は不変に思われた。
しかし、ここに2つの誤算が生まれる。
1つ目は、2000年代から始まった中国の台頭だ。中国がWTO(世界貿易機関)に加盟したころは「そのうち民主主義国家になって『こちら側に来る』」と楽観視する向きもあった。
だが中国は、欧米や日本とは全く異なる政治システムを維持しながら、一党政治の中に資本主義を取り入れ、科学技術の面でも米国の地位を脅かすほどの経済発展を遂げた。
2つ目の誤算は、米国の内部的な疲弊が急激に進んだことである。私自身も2000年代に東海岸に住んでいたが、いわゆる沿岸エリートのバブルの中にいると、米国全体の分断を肌身で感じることはなかなかできない。
しかし実際には、もともと存在する根深い人種問題に加え、中国への製造業移転によるラストベルト(寂れた工業地帯)の空洞化が進み、経済格差が拡大していた。民主党と共和党の隔たりはかつてなく大きくなり、中道が失われた。ドナルド・トランプ大統領が掲げるスローガン「Make America Great Again」(米国を再び偉大に)に共鳴したMAGA運動の原動力は「既存のシステムに食い物にされた」という大衆の怒りである。
このように米国自身が「疲れて」くると、世界中に影響力を及ぼしていたリーダーシップの勢いに陰りが生じることは当然ともいえる。
米国だけが突出した防衛費を費やして欧州やアジアを守ること、製造業の国内雇用を失いながら貿易赤字を垂れ流すことなどに対する不満がマグマのようにたまり、トランプ政権の誕生によってついに点火された。
この結果が、米国中心のグローバル化の逆流、アンチ・グローバリゼーションである。
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