“AIの回答が薄い問題”をどう解決? 日本ハム、「AIが食べやすいデータ」作戦の全貌

» 2026年06月26日 07時00分 公開
[濱川太一ITmedia]

 ソーセージの「シャウエッセン」などで知られる日本ハムは、国内の食肉加工業界において売上高1位の大手企業だ。私たちが食べる食品を手掛ける同社が、今度は「AIが食べやすいデータ」を作ろうとしている。

 この背景には、同社が取り組む「データドリブン経営」がある。AIとデータを掛け合わせて意思決定を高度化させ、攻めの構造改革・成長戦略を実行する狙いだ。しかし、売上高のように数値化できる「構造化データ」だけでは、ビジネスの意思決定は難しい。

 実施の意思決定では「顧客との商談履歴」「担当者の経験」「現場の感覚」といった定性的な情報が判断材料になるケースがある。そうした重要な情報は、社内に散在するメールやチャット、報告書などの「非構造データ」に埋もれていることが多い。

 「(定性的な情報や非構造データをどのようにして)AIが食べられる状態、AIが喜ぶ状態にして、渡してあげるか、意思決定の支援に活用するのかに取り組んでいる」――日本ハムの道菅公太郎氏(IT・DX推進部)がこう話す、試行錯誤の舞台裏を取材した。

photo 日本ハムの道菅公太郎氏(IT・DX推進部 リーダー)(写真提供:リーダーズ)

本記事は、DX支援を手掛けるメンバーズの主催イベント「DXリーダーズ・カンファレンス2026」(6月12日開催)に登壇した、道菅公大郎氏による講演「AI×データ活用の鍵は『非構造データ』にあり〜日本ハムが生み出すAI時代の意思決定〜」を取材したもの。


AIが“食べやすいデータ”を作りたい――暗黙知を“ごちそう”に変えるまで

 企業の現場では日々、さまざまな意思決定が行われている。

 例えば営業活動では、顧客の性格や過去の商談経緯、社内文化への理解などを踏まえて提案内容を考える。経営判断においても、単純な数値だけでなく、現場の経験や知見が意思決定を支えている。

 「売り上げや利益といった数字だけで判断しているケースは少ない。現場の直感や日々の経験といった定性的な情報を組み合わせながら意思決定している」(道菅氏)

 道菅氏はこうした情報を「ビジネスコンテキスト」と呼ぶ。ビジネスコンテキストは、データとして扱いにくい。売上高のように整理された構造化データではなく、メールやチャット、スライド資料、PDFファイルなど、決まった型がない「非構造データ」に含まれているためだ。

photo 非構造データの例(出所:道菅氏の講演資料)

日本ハムが実践した“AIに優しいデータ”の作り方

 道菅氏は、AI時代において非構造データの重要性が一層高まると話す。

 メールには顧客とのやりとりが残り、商談メモには担当者の気付きが記録されている。提案資料には過去の検討が蓄積されている。こうした情報には現場の判断材料となる知識や経験が含まれている。

 ただし、非構造データにはノイズも多い。

 例えばメールには「お世話になっています。〇〇です」といったあいさつ文や署名が含まれているほか、チャットには雑談もたくさんある。大量の文書の中から意思決定に必要な情報だけを抽出し続けることは容易ではない。

 そこで同社が重視するのが「コンテキストエンジニアリング」だ。

 コンテキストエンジニアリングとは、非構造データの中から重要な情報を抽出し、AIで活用しやすい形へ整理する取り組みを指す。従来のデータ基盤は、構造データを整形・統合することが中心だった。しかし非構造データを扱うには、文章の意味を理解しながら重要な情報を抽出する必要がある。

 コンテキストエンジニアリングの流れは「データ収集→データクレンジング(重複排除など品質を高める操作)→データ強化→AI提供→AI活用」というプロセスだ。これが、道菅氏の言う「AIが食べられる状態、AIが喜ぶ状態」へとデータを整理していく取り組みだ。

 さらに、ビジネス環境は常に変化しているため、以前は重要だった情報が陳腐化することもあれば、新たな判断材料が生まれることもある。そのため、一度整理して終わりではなく、継続的にデータを更新し続ける自動化の仕組みが必要になる。

 道菅氏は、データそのものに意味づけを行うことも重要だと説明する。

 例えば資料の内容や用途、関連するテーマなどの情報を付与することで、生成AIが文脈を理解しやすくなる。こうしたデータ強化を行った上で、継続的にAIへ供給する仕組みづくりが求められるという。

非構造データ×AIで挑む営業支援 「薄いアウトプット」どう解決?

 日本ハムは、営業領域で非構造データの活用に取り組んでいる。

 従来の営業ダッシュボードでも、売り上げや利益、商品構成比などの実績データを確認できる。しかし、こうした数値だけを生成AIに入力すると、出力される内容は実績の要約にとどまりやすい。道菅氏は「言葉を選ばず言うと『見れば分かる薄いアウトプット』しかAIが出せない」と表現する。

 そこで同社は、構造化データに加え、商談日報や顧客管理情報、営業担当者のメモなどを組み合わせたデータ活用を進めている。

photo 日本ハムが目指すデータベースの姿(出所:道菅氏の講演資料)

 例えば、顧客担当者が重視するポイントや過去の商談内容を踏まえながら、次回商談での提案方針や優先的に実施すべきタスクをAIが提示する仕組みを検証している。

 単なるレポート作成ではなく「次に何をすべきか」という行動レベルまで支援することを目指しているという。

技術的には可能、でも難しい「実行」の壁

 非構造データをAIに渡す技術的ハードルはクリアできた。しかし、こうした取り組みは技術だけで実現できるものではない。

 道菅氏は、ビジネスコンテキストの活用を阻む壁として、以下の3点を挙げる。

  1. コンテキストエンジニアリングのビジネス接着
  2. 大量のデータ資源からの探索
  3. ビジネスコンテキストを供給し続けるための自動化パイプラインの構築

 多くの業務を抱える社員にとって、コンテキストエンジニアリングに割くリソースは限られる。大量のデータ資源からの探索を外部委託しようにも、非構造データには機密情報が含まれることも多いため難しい。社内に知見を蓄積するためにも、内製する必要がある。また、データ基盤やパイプラインの構築には、データエンジニアリングやクラウドアーキテクチャの専門知識も求められる。

 日本ハムは、DX支援を手掛けるメンバーズの協力を受けながら、データサイエンティストと外部の専門人材が一体となってプロジェクトを推進しているという。

「絵だけで終わらせない」 AI時代に問われるプロジェクト推進力

 道菅氏は、AIの進化によって外部企業に求められる役割も変わりつつあると語る。

 生成AIを活用したり外部パートナーの力を頼ったりすることで、開発や分析の実行力は以前より確保しやすくなった。一方で重要になるのは「何を実現したいのか」を定め、プロジェクトを前に進める力だという。

 「AIやデータ活用で重要なのは、絵に描くだけで終わらせないこと。実際に実行力、推進力を保てるチームにすることが必要だ」(道菅氏)

 非構造データの活用は、まだ発展途上の領域だと道菅氏は話す。しかし、日々着実に企業独自の知識や経験が蓄積されている。AI活用が広がる今だからこそ、いままで扱えていなかった「暗黙知」をいかにデータとして生かし、現場の意思決定につなげるかが、これからの競争力を左右するテーマになりそうだ。

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