CxO Insights

解剖・孫正義氏の「ガチョウ論」 「ソフトバンクG株価が低過ぎ」主張を信じてよいのか古田拓也「今更聞けないお金とビジネス」(1/2 ページ)

» 2026年06月29日 07時00分 公開
[古田拓也ITmedia]

筆者プロフィール:古田拓也 株式会社X Capital 1級FP技能士

FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックスタートアップにて金融商品取引業者の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、広告DX会社を創業。サム・アルトマン氏創立のWorld財団における日本コミュニティスペシャリストを経てX Capital株式会社へ参画。


 「ソフトバンクグループは“金の卵”を生むガチョウだ。(中略)卵の価値は74兆円ある。ガチョウの価値は、それより多いのではないか」――2026年6月、ソフトバンクグループ(SBG)の孫正義氏(会長兼社長)は株主総会で、自社の株価にあらためて不満をにじませた。

 同社の時価総額が、保有する資産の価値より低い水準にとどまっている※1というのだ。具体的な数字も明かしている。孫氏が株主総会で示したSBGの時価純資産(NAV:ネットアセットバリュー)は74兆円。1日にはSBGの時価総額は約49兆円まで急騰してトヨタ自動車を抜き、22年ぶりに国内首位に立った※2が、それでも不満のようだ。

※1:日経新聞電子版「ソフトバンクG孫正義氏、時価総額に不満 保有資産より5割低く
※2:時事ドットコム「ソフトバンクG、時価総額国内首位 48兆円超、トヨタ自動車上回る

 SBGの「本当の企業価値」として、孫氏が繰り返し掲げてきたのがこのNAVである。市場がNAVを正しく見ていない、というのが主張の核心だ。

photo SBGの孫正義氏(会長兼社長)(出所:第46回定時株主総会のキャプチャー)

 NAVという言葉を掲げるのは、孫氏だけではない。一昔前に市場の注目を集めた、ビットコインを保有・運用するメタプラネットでも頻繁に引用されてきた。NAVが、当時1兆円を超えた時価総額の妥当性や正当性を説明する合言葉になったのだ。

 だが、ここで立ち止まって考えたい。果たして本当に、NAVは「本当の企業価値」を映す万能の物差しなのか。

 結論から言えば、NAVは出発点として有用だが、うのみにすると足をすくわれる指標でもある。とりわけ、資産価値が崩れた瞬間に一気にしぼむという弱点があり、そこに借入が乗ると収縮スピードは何倍にも増幅される。

 孫氏の主張を正確に紹介した上で、その危うさについて検討したい。

「NAV」は家計に例えると分かりやすい

 NAVの計算式は、驚くほどシンプルだ。SBGは、NAVを「保有株式価値−調整後純有利子負債(純負債)」で算出する「SBGの価値を測る最も重要な指標」と説明している

 SBGが持つ主な資産は、投資先の株式だ。英Arm Holdings、ソフトバンク(国内通信)、ソフトバンク・ビジョン・ファンド(以下、SVF)の投資先、米OpenAIなどのAI関連企業といった企業群の保有時価を全部足し合わせると「保有株式価値」になる。

 そこから、借金(純有利子負債)を差し引く。残った正味の価値がNAVだ。家計に例えるなら「保有する株や不動産の時価の合計」から「住宅ローンなどの借金」を引いた、正味の純資産にあたる。これがSBGの「本当の値段」だと孫氏は言う。

photo ソフトバンクグループのNAV(出所:6月24日のソフトバンクグループ株主総会資料)

 孫氏の主張は明快だ。SBGは投資会社なのだから、目先の損益計算書(P/L)の利益額で測るのは的外れで、保有資産の正味価値であるNAVこそが企業価値の本質であるというのもうなずける。

 分かりやすく例えると「74万円相当の資産が入っている金庫が49万円で売られている」ようなもので、そう考えると今のSBGの時価総額は異常とも解釈できるかもしれない。

 ここまでが、孫氏の主張の大枠である。問題は、ここから先だ。

NAV最大の弱点とは

 NAVの最大の弱点は、それが「いまの資産の時価」を前提にした、極めて移ろいやすい数字だという点にある。

 NAVは「資産−負債」だ。資産が上がればNAVの値が膨らむが、下がればそのまましぼむ。AI関連株が上昇すれば過去最高を更新し、調整局面に入れば反転する。

 つまりNAVは、AI相場という追い風が吹いている間だけ輝く、風向き依存の指標といえる。

 厄介なのが、NAVの中身の「測り方」だ。SBGの保有資産には、Arm Holdingsのように市場で値が付く上場株もあれば、OpenAIやSVFの投資先のように非上場ゆえに市場価格が存在しないAI企業も大量に含まれる。

 後者は時価が観測できないため、直近の資金調達ラウンドなどから評価額が決まる。加えてNAVは決算発表後に開示される事後算出の指標であり、いわば遅行指標にすぎない。

 仮に未上場の株式が上場したとしても、その後発行価格を大きく割り込んで下がるようなことがあればNAVは一気に毀損(きそん)される。

 市場がSBGのNAVを額面通りに受け入れず、株価に一定のディスカウントを織り込み続けてきた理由は、この「評価の不確実性」への警戒があるからだということを忘れてはならない。

“てこの原理”がNAV押し下げに牙をむく

 そして、NAVをうのみにできない最大の理由が、レバレッジだ。

 仮に資産100、借金40の会社があるとする。NAVは「100−40=60」だ。ここで資産が20%下がって80になったとしよう。借金は40のまま変わらないから、NAVは「80−40=40」になる。資産は20%しか下がっていないのに、NAVは33%も減っている。

 資産が毀損される時にも、借入が影響して、資産評価額の下落率以上にNAVが削られるのだ。

 資産が膨らむ局面ではNAVを派手に押し上げてくれる「てこの原理」が、下落局面では牙をむく。

 SBGも、構造は同じだ。74兆円というNAVの裏側には、保有株式価値に対して17%(LTV)、額にして数兆円規模の純有利子負債が控えている(2026年3月末時点)。

 平時は管理可能でも、AI資産が大きく値下がりすれば、この借金がてこになってNAVを増幅的に削るリスクがある。

 しかも実害は、計算上の目減りだけにとどまらない。資産価値が下がれば、有利子負債の比率は自動的に跳ね上がる。

 SBGは、有利子負債比率を25%未満に抑える方針を採っている。一般的に、健全な経営の目安とされる値だ。これが守れなくなれば、新たな資金調達の制約、格付けへの圧力、資金繰りの悪化が連鎖しかねない。

 低金利を前提に積み上げてきたビジネスモデルだけに、金利上昇局面では財務コストの増加も重くのしかかる。「NAVが74兆円と大きいこと」と「財務が安全であること」は、全く別の話なのである。

       1|2 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

アイティメディアからのお知らせ

SaaS最新情報 by ITセレクトPR
あなたにおすすめの記事PR