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目指すものなきリーダーは去れ エスエス製薬新社長が挑む「組織変革と市場開拓」

» 2026年07月01日 07時00分 公開
[篠原成己ITmedia]

 仏のバイオ医薬品企業サノフィグループの一員だったエスエス製薬は、日本発のOTC(一般用医薬品)を数多く発売してきた。

 同社は2025年、サノフィグループのコンシューマーヘルスケア事業「Opella」(オペラ)の分社化に伴い、Opellaグループの一員となった。2026年5月には日本で初めてED(勃起不全)治療薬「シアリス」を要指導医薬品として承認取得。7月31日から全国の薬局・ドラッグストアなどで先行発売する。

 4月に社長に就任した元島陽子氏は、トヨタ自動車やユニリーバ・ジャパンでキャリアを積んだマーケター出身のリーダーだ。トップに就任して間もない今、エスエス製薬は組織の在り方をゼロから作り直している。

 これまでの製薬業界の常識にとらわれないマーケティング体制を構築しながら、日本人に根付く「我慢文化」を変えようとしているという。なぜ今、セルフケアを根付かせようとしているのか。そして、なぜシアリスの市販化に挑んだのか。元島氏に、サノフィグループ独立後の組織変革と、日本の健康意識を変え、市場を生み出すための戦略を聞いた。

photo 元島陽子(もとしま・ようこ) エスエス製薬 代表取締役社長。トヨタ自動車でグローバルマーケティング・コーポレートアイデンティティ・スポンサーシップ管理を担当後、ユニリーバ日本法人でシャンプー、ボディソープ、リプトン(グローバル)などを歴任。2022年エスエス製薬入社、マーケティング&イノベーション本部を統括し、2026年4月より現職(シアリス発表会より提供)

対医師から「対生活者」へ 独立で加速する組織再設計

 サノフィグループは、トータルヘルスケアで世界売り上げ第2位の規模を持つ企業グループだ。ワクチンから希少疾患薬まで幅広く手掛けるその傘下で、エスエス製薬はOTC部門を担ってきた。2025年、同グループのコンシューマーヘルスケア部門が、オペラとして独立。エスエス製薬は、そのオペラグループの一員として、OTC部門に注力できる体制となった。

 「対病院、対医師というビジネスモデルと、OTCの対消費者というビジネスモデルは根本的に違います。見るポイントも、ステークホルダーも、スピードも全部違います。少しでも遅れたら世の中が変わるし、トレンドもメディアツールも変わってしまいます」(元島氏)

 変革は、独立した瞬間に始まったわけではない。元島氏が、2022年にエスエス製薬にマーケティング本部長として入社した時から始まっていた。リーダー層の刷新、各部門の役割の明確化、イノベーションの権限設計、製品開発プロセスの再設計を同時並行で進めてきたという。

 「製薬業界の常識ではなく、FMCG(Fast Moving Consumer Goods:日用消費財)のビジネスモデルで動ける人間がリーダー層に必要です。イノベーションの決定権もサイエンスではなくマーケティング側に置くと決めて、プロセスを全部作り直しました」と話す。当時を「カオスでした」と振り返りつつ「その当時に植えてきたものが、やっと世に出てくるのが今年」だと語る。3年間の地ならしが、独立によって一気に加速した。

シアリス市販化でこじ開ける市場 当事者を限定しないデジタル・PR戦略

 なぜ、日本ではセルフケアが進まないのか。背景にあるのが、日本特有の「我慢文化」だという。

 「日本ではセルフケアが全く進んでいません。欧米では、治療するのが当たり前なんです。でも日本は我慢文化で、寝なかったことが偉い、痛くても我慢しているのが偉いとされてきました。だから、本当にダメになった時にやっと病院に行く。それが一番の業界の課題だと思っています」(元島氏)

 問題の根本的な責任は、メーカー側にもあると元島氏は指摘する。

 「OTCを使っている人の8割近くが、(中身を)よく分からずに買っています。頭が痛い、熱も出てきた、明日仕事があるから休めない。(そんな時に)何か分からないけど市販薬を買うことが多い。なぜかというと、メーカー側がとにかく難しいコミュニケーションをしているからです。生活者が自分事にできていない。そこを業界全体で直さないといけません。私はその仕組みを変えていきたいです」

photo シアリス発表会の様子。左から元島社長、昭和医科大学 客員教授の佐々木春明氏、文筆家の清田隆之氏

 こうした問題意識の延長線上に、シアリスの市販化がある。

 「EDは明確に体の疾患です。頭痛にもアレルギーにも『気合いが足りない』とは言わないのに、EDには気持ちの問題だという誤解がついてくる。まず正しい情報をシンプルに届けることが先決です」と元島氏は話す。

 恥じらいやスティグマを、正確な知識と自己投資の意識に置き換えていく。シアリスの市販化は、セルフケア市場をこじ開けるための象徴的な第一手として位置付けている。元島氏は、マーケティングの手法についても明確なビジョンを持つ。

 「やり方は他のブランドと変わりません。デジタル、ソーシャル、インフルエンサー、KOL(キーオピニオンリーダー)全部使います。要指導医薬品なので、マス広告は、今の段階では考えていません。ターゲティングできる媒体とPRに集中して、各媒体でそれぞれの文脈で語ってもらう形で世論を作っていきます。テレビ広告を打てば、世論が形成できるわけではありません」(元島氏)

 シアリスのターゲットも「EDに悩む男性」に限定しない。

 「その人に影響を与える人、パートナーや友人への発信も含めてプランニングを組んでいます。年齢層も中高年だけでなく若年層のデータも踏まえて、媒体とクリエイティブを分けて対応していきます」と話す。「悩む当事者」だけでなく「その周囲の意識」まで射程に入れたマーケティングは、シアリスを単なるED薬ではなく、セルフケア文化の入り口として位置付ける戦略の表れでもある。

photo 「EDを誰にでも起こり得る健康課題として正しく理解しよう」という啓発プロジェクト「EnD the joke」を展開している(同社Webサイトより)

「目指すものなきリーダーは去れ」 横やりを恐れないビジョンと変革

 現在、エスエス製薬では組織変革に取り組んでいる。変革を推進するリーダーシップについて問うと、元島氏の言葉は核心に入った。

 「目指すものがない人は、リーダーとして前に立つべきではないと思っています。1%伸ばすとか、ステイとか、そういう目標はリーダー的じゃない。5年先、10年先にどこへ向かうのかという視野がないと、組織の上に立ってはいけません。そして、そのビジョンは、誰かに言われて作るものではなくて、内側から来るものです」(元島氏)

 「変革には必ず横やりが入ります。ブレない、恐れない。誰に何を言われようが変えない。これが基本です。ただし、本当に変えた方がいいと思ったら、すっと受け入れます」と確固たる信念もさることながら、時には柔軟さの必要性も説く。

 「リーダーは個人として心も体力も削がれます。しかし、それをやれないなら立ってはいけないと思っています」(元島氏)

 リーダーシップ論と表裏一体で語られたのが、社内カルチャーへの考えだ。元島氏は新年の誓願として「Happy workers are productive workers」という言葉を掲げている。

 「仕事って楽しくあるべきで、やりたいが出てくる会社にしたいです。やらなきゃいけない、やらされているじゃなくて、あれがしたい、これがしたいが人間の動力だと思いますので」(元島氏)

 キャリアプランニングや目標整理の制度は多くの会社にある。しかし「パーパスはあるし、制度はあるけれども、本当に見方が変わり、考えが変わり、行動が変わるところまで刺さるようなシステムってなかなかない」と元島氏は言う。

 どういうトピックスで、いかなる仕組みで、どんな頻度で会話をするか。枠組みの設計と、そこに参加するマインドセットの共有化が大事だという。

10年後の医療崩壊を防ぐ 社会変革と共感を生むリーダーに

 5年後、10年後を見据えたビジョンとして、元島氏が挙げるのは「Health in your hands」(あなたの健康を、あなたの手の中に)という考え方だ。

 「高齢化、少子化、医療費の問題。セルフケアが根付かないと、日本は10年を待たずに崩壊的な状態になると思っています。それを防ぎたいんです。国民が自分で理解して、判断して、手にできる状態を作らないといけない」(元島氏)

 ただし、一企業だけでそのような状況を生み出せるとは思っていない。「同じ信念を持った人と一緒にやることが大事です」と元島氏は言う。重点領域として取り組みたいのは、セクシュアルウェルビーイング(性の健康・幸福)とエイジングの2つだ。

 「どちらも社会意識から変えないといけない領域ですが、やらなければならないからやります」と話す。市場の大きさよりも、社会構造を変える覚悟。それが、元島氏の「選択」と「集中」の基準になっている。

 「あまり怖がらせるとみんな怖がってしまうから、理解の促進から始めます」(元島氏)

 危機感と、それをあおらずに届けようとする意識が、元島氏の語り口全体に一貫して流れているように見えた。

 サノフィグループからの独立、組織改革、新たな市場への挑戦。その根底には、日本のセルフケア文化を変えるという明確なビジョンがある。だからこそ、反対や困難があってもぶれない。

 変化の激しい時代、制度や仕組みだけで組織は動かない。人を動かすのは、「どこへ向かうのか」という未来への共感だ。リーダーに求められるのは管理ではなく、目指すべき未来を示すこと。元島氏の言葉はその本質を問いかけている。

photo 「シアリス」公式LINEアカウントでは、スマートフォンからチェックシートの回答や、製品に関する情報が確認できるようにした(シアリス発表会より提供)

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