半導体メーカーの開発競争が加速している。生成AIの利用が拡大し、AIエージェントなど高度な計算処理を必要とする技術が次々に登場する中、従来の半導体開発スピードではAI処理に必要な性能を確保できなくなっているという。
「半導体の進化は、処理性能が18カ月で2倍になる『ムーアの法則』に当てはまるとされていた。しかし、AIが必要とする性能はその数倍といわれる。同法則レベルの成長では足りない」――こう話すのは、富士フイルムの野口仁氏(シニアフェロー)だ。
同社は、半導体業界の“川上”に当たる「半導体材料」で世界トップクラスの市場シェアを誇る。イメージセンサー用の材料は市場シェアの約80%を占めて首位、半導体の土台となるウェーハ用の研磨剤「CMPスラリー」では世界シェア2位に付ける。
AIに翻弄(ほんろう)される半導体市場で何が起きているのか。川上の視点から見える最新動向について、7月14日の記者説明会に立った野口氏が取材に答えた。
富士フイルムは、写真フィルムやカメラに代表される「イメージング事業」を祖業とする。事業の多角化を進めており、近年は医療機器などを手掛ける「ヘルスケア事業」と印刷機やIT製品を提供する「ビジネスイノベーション事業」が収益を支えている。
半導体材料ビジネスは、同社の“第4の柱”として注目されている。半導体材料を軸とする同社のエレクトロニクス事業は、2026年3月期通期の営業利益が約1009億円で、前年度比で約34%増加した。
この成長の立役者の一人が野口氏だ。富士フイルムのエレクトロニクスマテリアルズ研究所の所長に就任した2018年以来、電子材料の研究開発を指揮してきた。同氏は「半導体材料は過剰なくらいホットな領域だ」と話し、やりがいについて次のように語る。
「半導体材料の研究開発は技術的に難しい。お客さま(半導体メーカー)からの期待が大きいが、プレッシャーもすごい。『いつまでにできるんだ』などの声をスリリングに味わいながら、研究を成果につなげている。責任も大きいが、やりがいがある」
富士フイルムは、写真フィルムの研究・製造で培った材料開発力や分子設計技術などを応用して、半導体材料事業を拡大させている。ビジネスの多角化について野口氏は「製品をナノレベルでコントロールする技術や材料など共通点が多い」と説明。研究から生産までを自社で手掛けているため「生産時のことを考えて開発できる点」も、富士フイルムのビジネスに共通する強みだという。
半導体材料という川上から見た半導体業界について、野口氏は以下の見解を示す。
「(高性能な半導体を製造する上で)技術的な難易度が増している。従来は大手半導体メーカーがほぼ同じタイミングで同性能の半導体を発表していたが、最近は優劣が付いている。社名は言えないが、先端を走るメーカーと、追随するメーカーでは技術レベルが全く異なるほど難しくなっている」
半導体技術が複雑化し、開発サイクルが加速する中、材料メーカーへの期待が変化している。従来は「仕様に合致する材料の開発・提案」が求められていたが、これだけでは半導体メーカーの要望を満たせないという。
野口氏は「半導体メーカーには、過去の技術では克服できない課題が増えている」と指摘。こうした課題は、材料メーカーへの要望・仕様に反映しにくい。そこで、材料や製造プロセスなど全体を加味して、半導体メーカーと材料メーカーが共に議論し解決する体制が必要だという。
この変化を受けて、富士フイルムは「材料の提供」から「課題解決ソリューションの提供」にかじを切ろうとしている。同社が取り組むのが「研究開発のDX」だ。
従来の材料開発は、開発者の経験と勘をベースに実験を繰り返していた。だが、それでは時間と費用がかかる上、既存の知見や技術を超えるのが難しいという課題があったという。
そこで、仮想空間に現実世界を再現してシミュレーションする「デジタルツイン」やAI、ロボットなどを活用し、研究開発の高度化・高速化を目指している。「半導体メーカー側で起きている現象の解析」「仮説のシミュレーション」「材料の探索」「実験」といった課題解決のプロセスを一気通貫する計画だ。
一連のプロセスに、富士フイルムが培った技術――写真フィルムの現像メカニズムを解明する現象理解力、複合機の開発で確立した品質機能展開(ニーズを仕様化して開発に反映する手法)、ヘルスケア事業で蓄積したシミュレーション技術などを活用する。
その取り組みは、すでに具体的な成果を出し始めている。例えば、半導体の微細化プロセスにおいて「CMPスラリーで研磨したウェーハ上に微小なゴミ(残渣)が生じる」という難題があった。これに対し、デジタルツイン上の仮想空間でシミュレーションを重ねて原因を特定。残渣という課題を克服した新型CMPスラリーを開発中だ。
このほかにも、シミュレーションなどを活用してCMPスラリーの課題を解決し、製品化したケースがあるという。野口氏は「詳しくは話せないが、従来の半分以下の期間で開発した」と説明する。
富士フイルムは、こうした取り組みによって半導体材料事業の拡大を狙っている。2025年度に約2946億円だった半導体材料事業の売上高を、2030年度に5000億円に伸ばす計画だ。材料研究・開発のDXで、事業成長を加速させられるか。
【訂正履歴:2026年7月15日午前9時30分 当初、残渣の課題を克服した新型CMPスラリーについて「製品化した」としていましたが、正しくは「開発中」でした。詫びして訂正いたします】
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