AIが提示した無数の戦略オプションに対して、経営者が「どれが一番いいの?」と聞いた瞬間、それは「戦略」と呼べるものではなくなる――こう指摘するのは、競争戦略論を専門とする一橋大学の楠木建特任教授だ。
楠木教授は業務でのAI活用について「技術の本質とは、それまで人間がやっていた仕事の外部化にある」と話す。
外部化とは、自身が担っていた業務プロセスを外に出し、他者や技術に任せることを指す。かつて人間が走ったり、馬車に乗ったりして移動していたのが、機関車という技術に外部化されたように、生成AIの登場で定型業務などがAIという技術に外部化されつつある。
では、この考え方を実際の企業経営に当てはめるとどうなるのか。味の素グループは、AIに財務戦略の原案作りを担わせながらも、最終的な意思決定は人が担う体制を構築している。
企業経営の意思決定は、AIに外部化できるのか――。楠木教授と味の素 執行役常務 財務担当の水谷英一氏は、同社の実践を交えながら、AI時代の経営管理について語り合った。
本記事は、クラウド経営管理システムを手掛けるログラス(東京都港区)主催イベント「経営企画サミット2026」(7月2日開催)のセッション「楠木教授の"理論" × 味の素の"実践" AI時代に問われるデータ経営の本質」をもとに構成したもの。
「AIは人間を凌駕(りょうが)するのか」という議論を耳にすることがある。楠木教授はその問い自体が本質を外していると指摘する。
「凌駕するに決まっている。凌駕しなければ技術として外部化される意味がない」
新幹線に走る速さで負けたからといって悔しがる人はいない。AIも同じで、人間よりも速く正確に仕事ができるからこそ、AIは技術として意味を持つ。
一方で、生成AIが全ての領域において、人間を上回るわけではない。議論は「ここは人間に、ここはAIに役割分担しましょう」という、よくある技術論に収束する。
楠木教授は、現在の生成AIを約30年前に登場したインターネットになぞらえる。
「今は新しい技術として注目されているが、あまりに便利なので、遠からず誰もが当たり前に使うようになる」
インターネットが企業の競争優位そのものではなく、社会の基盤になったように、生成AIもいずれ特別な存在ではなくなる。だからこそ問うべきなのは「AIは人間を超えるか」ではない。AIに任せる仕事と、人間が担い続ける仕事をどう線引きするかこそ、本質的な問いだという。
では、人間が担い続ける仕事とは何だろうか。楠木教授は、現時点の考えとしてシンプルな基準を提示する。
「人間が嫌なことはAIに任せる。人間にとって意味がある、楽しいと思うことは、人間に残した方がいい」
DCF(ディスカウントキャッシュフロー)法で企業価値を算定したり、1000枚の有価証券報告書を精査してまとめたり――これらの作業が好きな人は多くはない。正確さや速さが求められる作業はAIが得意とする。
一方、人間には「結果」だけでなく「考えるプロセス」そのものに価値を感じる仕事がある。楠木教授は、自身の仕事を例に挙げる。
「文章を書き終えた後の推敲(すいこう)は、AIが得意な仕事。でも私は絶対に任せない。なぜなら、推敲すること自体が大好きだから」
人によって、仕事の面白さは異なる。営業戦略を考えることが好きな人もいれば、データ分析の仕組みを作ることが好きな人もいる。「人間が担う仕事には、プロセスそのものを楽しめることに価値がある」と楠木教授は強調する。
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