AIで月「400時間」「紙6000枚」削っても「そんな数字どうでもいい」 町工場が1億円規模のシステム内製で得たもの変わる『現場リーダー』の条件――ネオ・ブルーカラーの衝撃(1/2 ページ)

» 2026年08月31日 07時00分 公開
[中根ほづ美ITmedia]

特集「変わる『現場リーダー』の条件――ネオ・ブルーカラーの衝撃

生成AIの急速な進化は、製造や建設などの「現場」における組織の在り方やリーダー像にも影響を与える可能性がある。AI・DXを前提としたオペレーション改革が進む中、かつての経験重視の評価から、リスキリングでデジタル知識を得た人材や、ビジネススキルと現場知見を兼ね備える「ネオ・ブルーカラー」人材が台頭しつつある。現場を支える人材の多様化に伴い、評価や人事制度はどうあるべきか。特集では、事例や専門家への取材を通じて、これからの「現場リーダーの条件」を考えていく。

第1回:東大名誉教授に聞く「仕事のライトブルー化」

第2回:データから見る、生成AIによるキャリア選択への影響

第3回:オーテック

第4回:岡田研磨(本記事)

 AIの進化は、製造業をはじめとする現場の業務オペレーションにも影響を及ぼしている。しかし、世の中に溢れるAI導入事例の多くは「○時間の業務削減」といった業務効率化の成果を示すものにとどまりがちだ。

 こうしたAI活用の在り方に異論を唱えるのが、金沢市で建設機械部品などの精密加工を担う岡田研磨の専務取締役、岡田雄太氏だ。

 大手ITベンダーの富士通で営業職を経験し、2020年に同社へ入社した岡田氏は、自らAIとの対話を1500時間以上重ね、プログラミングの知識がほぼない状態から、社内システムをフルスクラッチで次々と内製してきた。今やそのシステム群は、同等のものを外部ベンダーに開発・運用を委託した場合、1億円規模の費用がかかるほどになっているという。

 月400〜500時間程度の作業時間を削減し、クライアントへの価格改定資料の作成時間を90%短縮。さらにペーパーレス化によって月間約6000枚の紙の使用量を削減した――AIで多くの定量的な成果を生み出しながらも、岡田氏はこう話す。

 「紙を何枚減らしたとか、作業時間を何時間削ったとか、このような数字は正直どうでもいいんです。それらはAIを使えば当たり前にできることで、目的ではありません」

 労働人口が減少する製造業において、岡田氏はどのような未来を見据えているのか。AI活用の戦略を聞いた。

photo01 岡田研磨 専務取締役 岡田雄太氏(提供:岡田研磨)

月「400時間」「紙6000枚」を削減 石川県の「町工場」は何をした?

 岡田氏が入社した2020年当時の岡田研磨は、紙の図面や検査記録で溢れていた。書類や図面を探すために現場の社員が動き回り、1〜2時間を費やすことも珍しくなかったという。

 岡田氏はまず、タブレットの導入やSlackの活用から着手した。事務所からの連絡を内線電話からチャットに変えたことで、現場の社員が機械を止めて電話口に走る必要がなくなった。紙の資料を探し回る必要もなくなった。現場の社員に「自分たちにとってメリットがある」と実感してもらうことが、テクノロジー活用を進める上での第一歩だったという。

 また、当初はノーコードツールを使って現場向けのアプリを開発していたが、その後、ChatGPTをはじめとする生成AIサービスが登場。岡田氏は多くの時間を費やしてAIを使ったコーディングを学び、現在ではClaude Codeを使って一からフルスクラッチで数々のアプリを生み出している。

 開発したアプリの一つが、現場での作業手順書(マニュアル)を作成するアプリ「ナレッジボード」だ。

 創業50年の歴史がありながら、同社には50件程度の手順書しか存在せず、その他の多くは、ベテラン社員の頭の中にしかない暗黙知だった。そこで、岡田氏は現場の社員がタブレットから簡単に手順書を作成できるアプリを開発した。さらに、作成した手順書をAIが自動で採点し、改善を提案する機能を組み込んだ。

 「手順書を作成すると、AIが『写真を増やしましょう』『重要ポイントの視認性を上げましょう』といった改善提案と100点満点で点数を出します。1点につき25円の報奨金を支給するインセンティブ設計にしました」

 100点満点なら2500円の報奨金となる。この仕組みを導入すると、1年足らずで290件もの手順書が現場主導で集まった。熟練工の頭の中にあったノウハウが会社の資産へと姿を変えた。デジタル化により自らの知見を可視化し、組織全体に循環させられるか。現場リーダーに求められる資質も変わりつつあるのだ。

photo02 「ナレッジボード」のキャプチャ。現場の社員が作成した手順書が並んでいる(提供:岡田研磨)

「最新AIを入れれば勝てる」は幻想? 自社でシステムを内製するワケ

 AIを活用して多くの成果を上げながらも、岡田氏は次のように強調する。

 「時間の削減やペーパーレス化は、AIを使えば当たり前にできることです。もちろん、生産性の向上や業務効率化は非常に大切ですし、意味のあることです。それを否定するつもりは全くありません。しかし、それらはAI活用の目的ではなく、私たちが最終的に目指すゴールではありません」

 岡田氏がAIを駆使して自作アプリの開発に取り組む最大の目的は「データの蓄積」だ。

 「今の時代、AIのモデル自体は、お金を払えばどの企業でも同じ性能のものが使えます。では、何で差別化されるのか。それは『AIにどれだけ自社の情報を渡せるか』です。渡す情報やデータの量と質によって、AIが発揮する力は大きく異なります。私はこの情報・データを『コンテキスト』(会社の記憶)と呼んでいます」

 良質な情報をAIに渡して的確な経営判断や改善施策を行う――そのためには、自社のデータを可能な限り自社でコントロールできる状態にしておくことが理想だ。

 世の中には勤怠管理システム、生産スケジューラー、品質管理システムなど、使い勝手のよいSaaSツールが無数に存在する。しかし、それぞれ異なる外部サービスを連携設計なしに導入すると、データが各システムに分散し、横断で活用しにくくなる。分断されたデータは、AIが横断的に分析しようとする際の障害となる。

 岡田研磨では、生産実績や設備の稼働状況、不良情報、勤怠管理などに関するアプリを内製し、データを同一のデータベース上でひも付けて管理している。

 「労務も製造も品質も、全てのコンテキストが同じ場所に集まっている状態こそが重要です。1年後、2年後に本気でAIを使おうとなったとき、自社にコンテキストがたまっている会社と、データが分断されていたり何もたまっていなかったりする会社とでは、決定的な差がつきます。データがない会社が最新のAIモデルを使っても、その真価を発揮できません」

       1|2 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

アイティメディアからのお知らせ

SaaS最新情報 by ITセレクトPR
あなたにおすすめの記事PR