オープンソースAIの拠点である米Hugging Face(ハギングフェイス)を、米NVIDIA(エヌビディア)が約129億ドル(約2兆円)で買収すると発表した。
興味深いのは、話を持ちかけたのが半導体最大手の側ではなかったことだ。Hugging FaceのCEOであるクレマン・ドラング(Clem Delangue)氏が、夏の間に自らNVIDIAのジェンセン・フアン(Jensen Huang)CEOのもとを訪れた。しかも2025年は、同じNVIDIAからの大型出資を一度断っている。何が変わったのか。
Hugging Faceは、AIのモデルやデータセット、アプリを公開・共有するためのプラットフォームだ。米Google(グーグル)の「Google Docs」が書類の置き場、米Microsoft(マイクロソフト)傘下の「GitHub」がプログラムのコードの置き場だとすれば、Hugging FaceはオープンなAIモデルの置き場と言える。
開発者は約1800万人、企業利用は約20万社規模とされる。自前で巨大なクローズドモデルを売る会社というより、世界中のオープンモデルが集まる拠点として知られる。
2025年、Hugging FaceはNVIDIAからの約5億ドルの出資案を拒んだ、と米TechCrunchなどの複数メディアは伝える。理由は単純だった。「支配的な投資家に、会社の舵を取られたくない」。評価額は当時約70億ドル規模とされ、独立性を守る判断だった。
ところが2026年の夏、流れは逆になる。ドラング氏は米CNBCのインタビューで、夏のあいだに「惑星が一直線に並んだ」と説明した。考えを変えるいくつかの出来事が同時多発的に起こったという意味なのだろう。
ドラング氏はフアン氏に会いに行き、「オープンソースAIを本気で大きくしたい」と伝えた。フアン氏は「やろう」と快諾。数週間後、約129億ドルの買収合意に至ったという。
ドラング氏が言う「惑星が並んだ」というのは、次のようなことらしい。
一つは、業界の分かれ道が誰の目にもはっきりと見えるようになってきたことだ。クローズドなAPIに世界がAIを外注する道と、誰もがAIの利用者だけでなく「作り手・持ち主」になれる道。Microsoftのサティア・ナデラ(Satya Nadella)CEOや、米Palantir Technologies(パランティア)のアレックス・カープ(Alex Karp)CEOらが、「自分の会社のAIは自分で作って、持つべきだ」と主張し始めた。
ドラング氏自身も、誰もがAIの「作り手・持ち主」になれる道を本気で推し進める必要があると考えるようになったという。特に米Anthropic(アンソロピック)のようなクローズド企業が巨大化し、新規株式公開(IPO)も控える中、オープン側がクローズドモデルの代替として選ばれるには、今のHugging Faceの規模では足りないという危機感を持つようになったというわけだ。
もう一つは、夏に起きた安全保障の実体験だ。Hugging Face自身がサイバー攻撃に直面した際、クローズドなAPIでは守れず、オープンモデルで防衛したとドラング氏は振り返る。
クローズドモデルは、安全対策として危険な使い方を制限していることが多い。攻撃側がそのモデルを使っても、何をどう悪用したのかが外から見えにくい。一方、重み(パラメータ)まで公開されたオープンモデルは、同じ種類の能力を防御側も手元で試し、攻撃の手口を推測したり、対策を作ったりしやすい。クローズドモデルだけでは、防御側が自分で守るための十分な道具を持てない。だからオープンモデルを広げる必要がある、という考え方だ。
さらに、両者の間で「思想の一致」が確認できたことも大きい。フアン氏らNVIDIAの首脳陣は夏に、AIの設計図を無料公開して誰でも使えるようにする「オープンウェイト」を支持する共同書簡に署名した。これが「目指す方向は同じだ」という明確なサインとなり、ドラング氏が自らNVIDIAへ買収を持ちかける決め手になったという。
ドラング氏は、誰もがAIを作り、持てる道を推進するには「もっと計算資源が要る、支援が要る、協業が要る、見え方が要る」と繰り返し語っている。
2025年の拒否と、今回のHugging Face側からのオファーは、心変わりというより「守りたいものの形」が変わったということなのだろう。2025年に守りたかったのは、大口出資者に左右されない企業の独立性だった。2026年の夏は、オープンソースAIというエコシステムそのものの「勢い」を守りたいと思ったのだ。
ドラング氏のこの判断は、オープンモデルとクローズドモデルの勢力争いが大きな転換点を迎えていることの明確な証拠と言えるだろう。
本記事は、エクサウィザーズが運営するAI新聞内の記事「Hugging FaceがNVIDIA傘下に入った理由」(2026年9月5日掲載)を、ITmedia ビジネスオンライン編集部で一部編集の上、転載したものです。
湯川鶴章
AIスタートアップのエクサウィザーズ AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。17年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(15年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(07年)、『ネットは新聞を殺すのか』(03年)などがある。
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