「業者間の敵対関係」についても考えてみましょう。
AIは、この競争の激しさを両方向から変化させています。
一つは、競争を激化させる方向です。前述の河内長野市の事例で西野市長が「コンサルティング会社も生成AIを活用した作成物を戻してくる」と述べている通り、コンサルティング業界において、各社が同じAIツールを使えば、成果物の品質差は縮小します。品質で差別化できなければ、価格競争に陥ります。発注者にとっては、選択肢が広がり、交渉力が高まる歓迎すべき状況です。
ソフトウェアの世界でも同じです。「他社にはまねできない」と思われていた機能が、AIの支援によって数カ月で再実装される世界では、技術的差別化の寿命は短くなります。
他方で、AIは競争を緩和する方向にも働きます。AIを使って独自のデータセットを生かした専門的なサービスを構築すれば、それは新たな差別化になります。
例えば、自治体の例規データベースに特化した検索拡張生成(RAG)システムを構築し、他社にはない精度の回答を提供する事業者が出てくれば、そこには新たな差別化が生まれます。
つまり、AIは「汎用的な機能」の領域では競争を激化させ、「自社固有の文脈」を持つ領域では新たな差別化の機会を生み出しています。発注者として注目すべきは、この「汎用的」と「自社固有」の境界線がどこに引かれるかです。
ここまで見てきたように、AIは売り手の交渉力を下げ、代替品の脅威を高め、業者間の競争を激化させています。いずれも発注者にとっては追い風です。
しかし「AIに全てを任せればよい」わけではありません。自治体が自ら判断し、手を動かすべき領域は残ります。その境界線をどう引けばよいのでしょうか。
一つの整理の軸となるのが、経済学における「内製か外注か」の判断基準です。この問いは、3つの理論体系によって論じられてきました。
第1に、コース(Coase)の企業理論です。
経済学者ロナルド・コースは「なぜ企業は市場で全てを調達せず、社内で作るのか」という問いを立てました。その答えは「市場での取引にはコストがかかるから」です。取引先を探すコスト、契約を結ぶコスト、履行を監視するコスト――。これらが社内で行うコストを上回れば、内製する方が合理的になります。自治体でいえば、外部の事業者を探し、仕様を詰め、契約し、進行管理する全体のコストが、職員が自ら取り組むコストより高ければ、内製した方がよいということです。
第2に、ウィリアムソン(Williamson)の取引費用理論です。
経済学者オリバー・ウィリアムソンは、コースの考え方を発展させ「資産特殊性」と「不確実性」が取引費用を高める要因であることを示しました。資産特殊性とは、ある取引のために行われた投資が他の用途に転用しにくい度合いのことです。
例えば、自治体が特定のベンダーの技術に基づいてシステムを構築し、職員がその操作方法を覚え、業務プロセスがそのシステムに合わせて作り変えられると、他のベンダーに乗り換えることは容易ではありません。このように特定の取引に固有の投資をしてしまうと、事業者は「乗り換えるには再投資が必要だから、追加費用を要求しても拒否できない」という立場を利用できるようになります。だからこそ、特殊性が高く不確実性が高い領域は内製すべき、というのがウィリアムソンの主張です。
第3に、ハート(Hart)の不完備契約理論です。
経済学者オリバー・ハートは「どれだけ丁寧に契約書を書いても、将来起こり得る全ての事態を書ききることはできない」という事実に着目しました。契約に書ききれなかった事態が起きたとき、誰が決定権を持つか――。これを「残余コントロール権」と呼びます。外注すればこの決定権は事業者に渡ります。もし書ききれなかった事態が自治体の使命に関わる重要な判断であれば、その決定権を外部に渡すべきではありません。だからこそ、契約で仕様を決めきれない領域は内製すべき、というのがハートの主張です。
3つの理論を総合すると、次のように整理できます。
「競争を避けたい」事業者VS.「競争を維持したい」自治体 ベンダーロックインの「3つの戦略」を知り、回避せよ
なぜ自治体のベンダーロックインは繰り返されるのか? 背景にある「発注者の3つの心理」
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