日本生命社員が“出向先”三菱UFJ銀行から「内部資料持ち出し」 企業はどう取り締まる?
日本生命の社員が、出向先である三菱UFJ銀行から同行の保険販売の情報を無断で持ち出していたと報じられました。
日本生命の社員が、出向先である三菱UFJ銀行から同行の保険販売の情報を無断で持ち出していたと報じられました。他の生命保険会社の商品改定状況などに関する内部資料を持ち出したとされています。
報道によると(※)、三菱UFJ銀行の窓口での保険販売の業績評価基準や、他社商品の商品改定に関する情報を、社内の営業部門で共有し、営業活動に使用していたといいます。
※:NHK WEB「日本生命 内部資料持ち出し 同じような事案ないか本格的調査へ」、日本経済新聞「日本生命の出向社員、三菱UFJ銀行の情報持ち出し 営業部門に共有」
企業における情報漏洩(ろうえい)は、会社の信頼を大きく損ねるだけでなく、法的な問題にも発展する深刻な事態です。今回の事案でもし訴訟が起きたらどのような点が論点になるのか、企業は社員による情報漏洩をどのように取り締まっていくべきか──。佐藤みのり弁護士が詳しく解説します。
法的な問題は? 「営業秘密の侵害」にあたるかどうかが論点に
今回の情報の持ち出し事案は、日本生命の社員が、出向先の三菱UFJ銀行の内部情報を無断で持ち出したというものです。報道によると、三菱UFJ銀行の保険販売戦略やどの金融商品を販売すれば高い評価が得られるかといった銀行内の業績評価基準、他社の保険商品情報などを無断で持ち出し、日本生命内のメガバンクなどへの営業を担う部門に共有され、その情報を営業活動の参考に利用していたということです。
この件に関して、今のところ、何らかの訴訟提起が予定されているものではありません。仮に、訴訟が提起されるとしたら、無断で情報を持ち出された三菱UFJ銀行が、情報漏洩による損害が発生したとして損害賠償請求をすることが考えられますが、今のところ、銀行側からはそうした意向は示されていません。
今回の事案において、法的に問題となり得るのは、不正競争防止法が禁じる「営業秘密の侵害」にあたるかどうかです。金融庁も、日本生命に対してその点について回答を求めています。日本生命は、社外の弁護士と共に、不正競争防止法に抵触する可能性がないか早急に調査を進める考えを示しています。
過去には、東京海上日動火災保険と東京海上日動あんしん生命保険から三菱UFJ銀行に出向していた複数の社員が、同行の顧客情報を出向元に漏洩する事案がありました(※2)。銀行内の保険商品の販売額や売れ筋商品に関する資料が漏洩。これらの情報を、東京海上側は、営業施策の進捗把握などに利用していました。
※2:日本経済新聞「東京海上の出向者、三菱UFJの顧客情報漏洩 営業情報も」
個人情報については、住宅ローンの契約者の取引店番、取引先番号などを持ち出したとされています。三菱UFJ銀行で契約した住宅ローンに、東京海上日動の火災保険をつけている割合を計算するなどの目的で利用していました。
こうした情報漏洩事案を踏まえ、東京海上側は、
- 営業数字やマーケットシェアを過度に意識した営業推進の見直し
- 個人情報保護法などの法令に関する基本的な知識・意識の再徹底に向けた研修の実施
- 情報リテラシーの向上と事業上の取り扱いルールの見直し・運用の改善
──などの再発防止策を講じていると公表しています。
もし従業員が情報漏洩を起こしてしまったら……会社に求められる対応
今回の事案のように、出向先の他社の情報を漏洩させた場合も、また、自社の情報を漏洩した場合も、従業員に対し処分を検討することになるでしょう。
懲戒処分を下す場合には、就業規則に定められている懲戒事由に該当するかを確認すると共に、情報漏洩行為の悪質性などに見合った処分内容にする必要があります。具体的には、漏洩された情報の重要性、従業員の地位・立場、漏洩の態様、程度、動機・目的、被害の重大性、被害の回復可能性、さらには、従業員の反省の程度や今までの処分歴なども含め、総合的に考慮して、処分内容を決める必要があります。過去に、類似の事案があれば、その際に行った懲戒処分の内容も参考になります。
例えば、会社にとって非常に重要性の高い情報が持ち出され、回復困難な被害が生じているような事案では、懲戒解雇処分を下すことも考えられます。最も重い懲戒解雇処分をすると、後に従業員が懲戒解雇処分の有効性を争い、会社を訴える可能性が十分にあります。そのため、先述のさまざまな要素を慎重に考慮し、懲戒解雇処分にすることが社会通念上相当といえるかどうか、弁護士にも相談の上、検討することが大切です。
また、処分を下す前に、処分対象者の意見を聞く機会を設け、手続き面でも慎重に進めていくことが必要です。
“秘密情報”の管理で気を付けるべきポイント
漏洩された情報が、不正競争防止法上の「営業秘密」である場合、会社は、差止請求、廃棄除去請求、損害賠償請求(民法に基づく請求の場合よりも、損害額の立証が容易になる)、信用回復の措置、刑事告訴といった措置をとることができます。
「営業秘密」として保護されるためには、(1)秘密として管理されていること(秘密管理性)、(2)有用な情報であること(有用性)、(3)公然と知られていないこと(非公然性)の要件を満たす必要があります。裁判においては、特に、「秘密管理性」が争点となることが多いです。
「秘密管理性」の観点からも、会社は、漏洩させてはならない情報と、その他の情報を分けて管理し、あらかじめ情報にアクセスできる従業員を指定するなどの対策を取ることが有効です。漏洩が許されない営業秘密については、データにパスワードをかけたり、紙面にマル秘マークをつけたりすることで、営業秘密であることが分かりやすい形で区別します。
そして、そうした情報を管理する場所を決めます。データ上であればアクセス権を持つ人を限定し、接続する際のパスワードの管理を行うなどの方法が考えられるでしょう。紙媒体の情報を保管庫などで管理する場合は、施錠した上で、鍵の持ち出しを制限することなどが考えられます。
こうした対策を講じても、従業員の意識が低ければ、軽い気持ちで、罪悪感さえないままに、簡単に情報漏洩が生じます。そこで、重要な情報に対する従業員の意識改革を進める必要があります。就業規則などで秘密保持を定め、地道に継続的な研修を実施することが重要です。
まとめ
情報漏洩は、漏洩された会社に多大な損害をもたらします。
企業が長年にわたって培ってきた技術やノウハウが同業他社に漏れてしまえば、経営を揺るがす事態にもなりかねません。また、顧客情報が漏洩された場合も、顧客や顧客になり得る者を他社に奪取される危険があり、経営に影響を及ぼす可能性があります。
情報漏洩の事実が明るみに出れば、社内秩序に悪影響が及ぶだけでなく、企業の社会的信用を大きく失墜させることにもなります。
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