コラム
» 2006年03月31日 09時00分 公開

へそまがりのためのライセンシング(1) (2/3)

[八田真行,japan.linux.com]
SourceForge.JP Magazine

「オープンソース」でなくなる?

 今までの議論では、問題となるソフトウェアがオープンソースであるかどうかは明確にしてこなかった。ここでは、少なくともオープンソースでありつつ誰かに使わせないということは定義上無理だということをはっきり示しておこう。

 「オープンソース」という概念の定義として世界的に広く認められている(というより、そもそもこれが定義そのものなのだが)「オープンソースの定義」(Open Source Definition, OSD)では、第5項および第6項で以下のように規定している。

5. 個人やグループに対する差別の禁止

ライセンスは特定の個人やグループを差別してはなりません。

6. 利用する分野(fields of endeavor)に対する差別の禁止

ライセンスはある特定の分野でプログラムを使うことを制限してはなりません。 例えば、プログラムの企業での使用や、遺伝子研究の分野での使用を制限してはなりません。

 ゆえに、上で示したようなライセンスは「オープンソースの定義」と矛盾する。よって、これらはオープンソースライセンスとは言えないし、このようなライセンスが適用されたソフトウェアは(たまにそう自称していることもあるが)オープンソースソフトウェアではない。では何なのかと言えば、単に「ソースが公開されたソフトウェア」でしかない。

 「でしかない」などと書いたが、これは決してネガティヴな表現ではない。ただ、違うというだけのことだ。そもそも、オープンソースソフトウェアでなくなると具体的にどのような不都合があるかと言うと、実のところたいしてないのである。開発に際して、例えば(LGPLではなく)GPLが適用されたライブラリはライセンスの衝突により利用できなくなってしまうかもしれない。しかし、別にオープンソースライセンスだからといってGPLと衝突しない保証はない。また、昨今のGNU/Linuxディストロは頒布物に収録する基準としてOSD(あるいはDebianのDFSGのようにOSDに準じた)ものを採用するケースが増えているので、こういったものに手軽なパッケージとして収録し、広く頒布するということが難しくなってしまう可能性はある。しかし、十分に魅力的なソフトウェアであれば、別にディストロに入っていようがいまいが人は使うだろう。さらに、SourceForge(.jp)Savannahといったフリーソフトウェア/オープンソース開発プロジェクト支援サイトは、プロジェクト受け入れの条件としてソフトウェアにオープンソースライセンスが適用されていることを求めていることが多いので、こういったサービスが利用できなくなるということも予想される。しかし、これにしても自前で開発環境が用意できればたいした問題ではない。

 上で列挙したような諸問題のため、ユーザーは若干の不便を被ることとなり、また作者ないし著作権者にとっては、知名度が低い、普及しない、結果として開発者もユーザーもあまり増えない、以下繰り返し、というようなスパイラルに落ち込む可能性が高まる。そもそもオープンソースというのは、できるだけ多くのユーザー(そしてその中に含まれるであろう潜在的な開発者)を確保すべく、「どうすればソフトウェアを効率良く普及させることができるか」という命題を念頭に置いて構成された概念なので、上で挙げたような「あえて使わせない」というような条件とは相性が悪いのである。しかし、すでに前記でも指摘した通り、不都合といったところでせいぜいこの程度だ。バザール型開発を志向せず、自分で開発資源を提供し、自分ですべてコードを書き、自分で使うぶんには何の問題もないだろう。

 ただ、そうならば自らを「オープンソース」ソフトウェアと名乗ることだけは慎んでほしいと思う。ユーザーが「オープンソース」という言葉を聞いたときに通常思い浮かべるような利用の自由が一部欠けているので、ユーザーを混乱させてしまうからだ。区別を曖昧にしても、互いにとって好ましいことではない。あるソフトウェアがオープンソースでないのはまったく構わない。しかし、実質的にオープンソースではないものを「オープンソース」と呼ばれるのは困るのである。

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