中堅中小企業の経営基盤改革術

報酬制度で競争力を高める人事戦略コンサルタントの提言(7/7 ページ)

» 2008年07月17日 13時00分 公開
[吉岡利之, 池谷和之,ベリングポイント]
前のページへ 1|2|3|4|5|6|7       

報酬をコミュニケーション手段としてとらえよ

 報酬制度を、従業員にメッセージを伝えるコミュニケーション手段ととらえると、制度設計に注力するだけでは十分ではない。設計目的を正確に従業員に伝え、従業員一人ひとりへの報酬の支払いを通してメッセージを伝えるために、評価から査定、支払へと続くプロセス全般の設計、ほかのリワード要素と組み合わせた包括的な設計が必要になる。そうすることで初めて報酬制度が差別化を図るための“武器”となる。

 デートスポット情報の口コミサイト『デート通.jp』を運営するコントロールプラス株式会社は、長期休暇中に帰省以外で遠出する場合、東京から1km離れるごとに100円の支援金を支給する「デート支援金」を導入している。導入目的が“自社ビジネスのコンテンツ拡充”や“社員のクリエイティブな感性向上”であることを明示するとともに、旅行後のレポート作成を義務付けることで、単なる報酬制度ではなく、自社ビジネスの促進に一役買うという制度目的を伝えている点が特徴的だ。

  • 「伝え方」を重視したインセンティブ報酬

 将来上場を目指している中堅中小企業にとって、企業価値向上への動機付け、人材の確保/流出防止の有効な手段の一つに「ストックオプション」がある。ただし、これも伝え方ひとつで、その効果は大きく違ってくる。以下の図を見てほしい。

【図8】ストックオプションの付与メリット・デメリット

 一見するとメリットが大きい。しかし制度の仕組みや報酬額の説明にとどまり、その目的を伝えないなど「伝え方」を誤れば、付与対象者(従業員)は株価の動向、将来的な報酬額にばかりに意識を傾け、「中長期的な組織へのコミットメントを高める」というような、中長期的な目的の達成は困難となる。オプション導入/付与のタイミングで、経営者からオプションを付与する目的、達成したい成果などのメッセージを正確に伝達して初めて、制度のメリットを享受できるはずだ。ストックオプションに限らず、報酬制度自体を従業員とのコミュニケーション機会ととらえた場合、「伝え方」一つで大きな果実を得られる点に、是非着目してほしい。

  • 「支払い方」さえも“武器”とせよ

 最後にもう一点、報酬の「支払い方」にも言及したい。大企業と比較して、中堅中小企業は規模が小さく、従業員とのFace to Faceのコミュニケーションが容易である。これは、報酬制度の目的を「支払い方」を通じて伝える機会がある、ということだ。貢献に報いる気持ち、制度に込めた思いを面と向かって表現する場として、支払いの場を活用することを推奨したい。

 導入事例の多い報酬の一つに「誕生日手当」がある。その目的は“勤続に対する感謝”、“家族的な一体感の醸成”など、さまざまだろう。しかし「伝え方」「支払い方」に工夫をしない場合、その目的が従業員に知られることなく、年に1回の報酬増、ととらえるのみで、効果は半減する。

 毎月バースディパーティーを開き、その場で手渡しするというのも効果的な「支払い方」であろう。また、本人だけでなく家族を対象とした場合、日頃の感謝の気持ちを込めて自宅へ直接メッセージを添えた花束を贈れば、休暇や早帰りを促進するよりも、直接に感謝のメッセージを伝えることができる。これも「支払い方」の工夫の一つだ。

 新築分譲マンション販売の日本綜合地所は、上司/部下間のコミュニケーション活発化、人間関係の円滑化を目的として、管理職に「部下手当」を支給している。経費ではなく給与で支払うこと、振込み口座を給与と分けることで制度目的を明確にしている。報酬の「支払い方」で目的を明示している点が特徴的だ。

 以上のように「伝え方」「支払い方」を含めた報酬支払プロセスを設計することで、単に報酬内容を設計する以上に、他社と差別化を図りうる「武器」となる点を意識して欲しい。

 本稿では、トータルリワードを考える中での報酬制度の重要性を論じてきた。しかし、報酬のみがエンプロイーエンゲージメントを高める手段ではない。報酬の決定にとどまらず、エンプロイーエンゲージメントを高めることができる評価制度設計の進め方について、次回は提示したい。

過去のニュース一覧はこちら

著者プロフィール:吉岡利之 ベリングポイント 組織・人事戦略チーム シニアコンサルタント

法律系出版社、日系コンサルティング会社を経て現職。平成17年中小企業診断士登録。

コンサルティング対象先クライアントは、一部上場企業から中堅企業まで幅広く、対象業種も製造業、金融業、商社、建設業、公益法人に至るまで多岐にわたる経験を持つ。人事制度の構築と、人事制度と連動させた経営と組織風土を変革するための人事施策をトータルにコーディネートすることを主眼にコンサルティング活動を展開する。慶應義塾大学文学部史学科卒業。


著者プロフィール:池谷和之 ベリングポイント 組織・人事戦略チーム シニアコンサルタント

外資系コンサルティング会社に入社後、会計/システムチームを経て現チームに所属。コンサルティング対象先クライアントは、一部上場企業から中堅、ベンチャー企業まで幅広く、対象業種は金融業、人材サービス業、通信業、公益法人など。人事領域のみならず、会計、SCMなどクライアントの経営活動全般を対象にコンサルティング活動を展開し、クライアントへの貢献を目指し活動している。慶應義塾大学経済学部経済学科卒業。


前のページへ 1|2|3|4|5|6|7       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

注目のテーマ