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» 2009年09月30日 08時00分 公開

オープンソースソフトウェアの育て方:「空気が読める」開発者への道 (3/5)

[Karl Fogel, ]

簡単な議題ほど長引く

 どんな議題であっても議論は紆余曲折するものですが、技術的な難度が低い話題になればなるほど議論が発散する可能性があがります。結局のところ、技術的な難度が高い話題になればなるほどその話題についていける人の数が少なくなるのです。そんな話題についていける人というのは、たいていは長年経験を積んだ開発者です。彼らはこれまでに何度となくそのような議論に参加しており、全員が納得のいく合意を得るにはどうしたらいいのかを知っているのです。

 合意を得ることが最も難しいのは、誰にでも分かる(誰でも意見が言える)レベルの技術的な問題となります。また同様に、組織論や広報活動、資金調達などの“やわらかめ”な話題も合意を得にくいものです。これらの話題については、人はいつでも気の済むまで議論に参加することができます。議論に参加する前提条件もなければ何が正しくて何が間違っているのかを(後になっても)決めることもできない、そして、他人の意見を聞いてから「後出し」で議論に参加することもできるからです。

 議論の量と話題の複雑さが反比例するという原則はよく知られており、俗にBikeshed Effect(自転車置場効果)と呼ばれています。ここで、ポール=ヘニング・カンプによる説明を見てみましょう。もともとはBSD開発者向けに投稿されたものですが、今や超有名になっています。

話せば長くなる昔話だけど、実際のところは単純な話だ。ノースコート・パーキンソンが1960年代初期に書いた「パーキンソンの法則」という本があって、そこにはものごとの管理に関するさまざまな洞察が書かれていたんだ。

[...]

自転車置場の例に出てくるもう一方の役者が、原子炉だ。なんだか、いかにも時代を感じさせるなぁ。

パーキンソンは、委員会に乗り込んで数百万から数億ドルもの原子炉建設計画を承認させる方法を説明している。しかし、原子炉ではなく自転車置場を作りたいと思ったら終わりのない議論に巻き込まれることになるだろうとも言っている。

パーキンソンによると、原子炉はあまりに巨大で高価そして複雑であるためにみんながその内容を把握できなくなるということだ。考えようともせずに思考停止してしまい、「まぁここまで来る前に誰かほかの人が一部始終をチェックしただろう」ということになってしまう。リチャート・ファインマンの著書には、これに関連するロス・アラモスでの興味深い事例が幾つか紹介されている。

さぁ一方自転車置場だ。週末をつぶせばだれでも作ることができ、余った時間にテレビで試合を見て楽しむことさえできるだろう。どんなに用意周到でも、どんなに妥当な提案だったとしても、だれかが機会を取らえては、自分も何かやっていることを示したり、自分もそれに注目してることを示したり、「俺を忘れるな」といったりするだろう。

デンマークでは、こういったことを「指紋をつける」って言うんだ。個人的なプライドや見栄のために何かをして、後からその証拠を見せられるようにする。「ほら見ろよ。これ、俺がやったんだ」てな具合にね。政治家どものよくやりそうなことでもあるが、一般人だって機会があればやりそうだよ。ほら、よく生乾きのセメントに足跡がついてたりするだろう?

(彼の投稿の完全版はかなり長くなりますが、一読の価値はあります。付録C.何で自転車置場の色まで気にしなきゃならないの?でご確認ください。またWhy Should I Care What Color the Bikeshed Is?も参照ください)

 これまでにグループでの議論に参加したことがある人なら誰でもカンプの言っていることがよく分かるでしょう。しかし、自転車置場に色を塗るようなことを避けるよう全員を説得するのは不可能です。できることといえば、そんな状況を見つけたときに「こういう状態になっているんじゃない?」と指摘するくらいです。そして、影響力の強い開発者たちに対して「早めに筆をおろしてくれませんか?」とお願いするのです。そうすれば、少なくとも彼らはノイズの原因とはならなくなります。自転車置場の塗装大会を完全にやめさせることはできないでしょうが、プロジェクトの文化をうまく育てていけばそんな羽目になる頻度を下げる(そして発生したときも早く収束できるようにする)ことができます。

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