意味のある情報を強調するのではなく、意味のない情報を省く――『プレゼンテーションZEN』を題材に、「効果的なプレゼンテーションのコツは何か」を考えてみよう。
1999年だったと記憶しています。当時勤めていたコンサルティング企業で、プレゼンテーション資料作成時のガイドラインがガラッと変わったことがありました。字体やサイズ、配色など多岐にわたって指示がありましたが、特に強く記憶に残っているものに、写真の活用がありました。
指示は、クリップアートなどのイラストを控え、伝えたいメッセージを象徴する写真を使うようにというものです。いまでこそ写真を使うのは一般的ですが、当時はとても思いきった指示のように感じました。
振り返ってみると、そのあたりから「伝わるプレゼンテーション」に関する研究は、ある一定の方向に向かって進化してきたように感じます。そして、今回ご紹介する『プレゼンテーションZEN』(著:Garr Reynolds、訳:熊谷小百合、ピアソンエデュケーション)に、その進化のエッセンスがあります。
ITmediaエンタープライズの読者には、マネジャーやリーダーなど管理をする立場の方が多いかと思います。マネジャーともなると、部下への説明や鼓舞、上司への報告、重要な見込み顧客への提案など、プレゼンテーションをする機会が格段に増えます。
困ったことに、プレゼンテーションほど歴然と「見えてしまう」スキルはありません。ほかの人のプレゼンテーションを聞いた経験のある方なら誰でも、プレゼンターによって話の伝わり方に大きな差があることを感じておられることでしょう。
それもそのはず、プレゼンテーションにはさまざまな能力が要求されます。例えば、資料を論理的に構成する力、感情に訴えるデザインのセンス、メッセージを短い文にまとめる要約力、分かりやすく話す力、即答力。どれも一朝一夕に身に付く力ではありません。プレゼンテーションは、「必要だが獲得に時間のかかる」スキルといえるでしょう。
本書『プレゼンテーションZEN』の根底にあるのは「『省く』ことで、伝えたいメッセージを際だたせよう」という思想です。“準備”“デザイン”“実施”それぞれのパートでのキーワードである“抑制”“シンプル”“自然さ”という言葉は、その思想がポリシーとして表現されたものです。
象徴的な言葉に、“S/N比(シグナル/ノイズ比)”があります。シグナル(声や音)がノイズ(雑音)に比べて十分大きければ、はっきり聞こえます。小さければ、雑音に埋もれてしまいます。無線通信に詳しい方にはおなじみの指標ですね。近年、それがコミュニケーション一般に活用されるようになってきました。
本書でも、デザインの章で使われています。「Sを大きくする(意味のある情報を強調する)」のではなく、「Nを小さくする(意味のない情報を省く)」ことで、S/N比を高めます。あらゆる文字飾り、グラフに添えられる情報、配色、フッタの会社ロゴに至るまで1つ1つの要素を吟味して、意味のない(あっても薄い)ものは省いていきます。そうすると、豊富な例が示すとおり“意味”が浮かび上がってきます。
文章についても、同じポリシーが適用されます。長い文章を読み上げるくらいなら、プレゼンテーションでは核となる文章あるいは語句だけを示そう。さらに、言葉だけではなく、聴衆のイメージを喚起する写真を使おう。そういった提案がなされています。
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