有給休暇の取得率が低い日本では、IFRSにおける有給休暇の扱いについて、話題になることが多いようです。IFRSでは有給休暇について、決して特殊な考え方をしているわけではありません。正しい理解を深めましょう。
IFRSでは、「未消化分の有給休暇が企業の負債となるため、費用を追加計上することになる」ということはご存知の方も多いと思います。今まで、日本基準では有給休暇については特に何も手当てされてこなかったことや、日本企業では一般的に、非常に多くの有給休暇が未消化分として残っていると考えられることから、日本の会計基準との違いの中でもクローズアップされることが多いトピックです。
とてもよく知られているトピックでありながら、誤解も多いようです。よくある誤解についていくつか取り上げます。
これは間違いです。翌期に繰り越される有給休暇はすべて対象となります。未消化の有給休暇を現金精算できる規定があってもなくても、どちらの場合であっても、IFRSでは費用計上が必要になります。ちなみに、権利が繰り越されず、失効してしまう分は対象となりません。
確かに、有給休暇を取っても取らなくても、給与の額は変わることがありませんので、企業が給与として負担すること自体は、有給休暇の取得の有無と関係ないと思ってしまいます。しかし、この考え方は、IFRSの考え方と違います。また、違うからといって日本の労働環境とIFRSがそぐわないということにもならないと思います。
IFRSが有給休暇の処理ついて問題にしているのは、企業が従業員から提供を受ける労働とその対価としての人件費の計上が一致することです。適切に人件費の計上を行なうには、給与を支払った時ではなく、労働が提供されたタイミングで費用を計上することが重要です。
例えば、当期に付与した有給休暇を取らないで働いていて、来期に繰り越して消化した場合を考えてみます。有給休暇を取得しなかった当期と取得した翌期で給与は変わりません。しかし、当期は有給休暇を取得しなかったので労働日数が増えている一方で、翌期においては有給休暇を取得したため労働日数が減っています。
当期に未消化の有給休暇を費用計上しないと、当期と翌期で労働の提供量が違うのに、同じ給与額だけが人件費として費用となってしまいます。それでは、労働の提供量とそれに対する費用が一致しません。
このような不一致は、有給休暇の消化が少ない日本ではあまり問題視されてこなかったという背景があると思います(逆に欧米では、一般的に有給休暇の取得が進んでいると考えられるので、この不一致の解消は会計上も重要視されてきたのだと思います)。
この指摘は当たっていますが、影響は限定的である面もあります。まず、すべての未消化有給休暇の全部を費用計上するわけではなく、有給休暇の消化率を使用し、実際に翌期に消化されると予想される有給休暇分のみを費用計上の対象とします。従って、有給休暇がたくさん残っている場合でも、翌期に消化される可能性が低く見積もられれば、追加費用の負担額は小さくなります(有給休暇の取得が進んでいる企業はそもそも未消化分が少ないため、影響は少なくなります)。
またIFRS適用初年度は、日本基準から移行するため、この負担額がそのまま費用として企業業績に影響を与えることになりますが、翌年以降は負債として計上された額を洗い替えていくことになりますので、初年度よりも影響は小さくなります。
前の項目でも説明しましたように、有給休暇の追加費用分は負債として計上され、翌期に取り崩されることになります。費用として計上されるタイミングだけを調整していることになるので、二重計上という問題は発生しません。
「有給休暇引当金」という勘定名をご存知の方も多いと思います。これは、日本ではよく使われていますが、IFRSでは「引当金」と考えていません。引当金ではなく、経過勘定と考えられていて「未払従業員給与」と整理されています。これは筆者の推測なのですが、日本では、費用を実際の支払いよりも早いタイミングで費用計上することを、「引当て」、という言葉で表現することがあるので、そのような慣習から使われるようになった言葉なのではないかと思います。
IFRSの有給休暇は決して特殊な考え方をしているわけではありません。労働の提供のタイミングで人件費を計上しようというものです。この考え方は退職給付などにも表れていて、従業員に付与するもの(給与、ボーナス、退職金、福利厚生など)は、基本的に労働の提供にかかわらせて、費用処理されることになります。
当記事はブログ「IFRS of the day」から一部編集の上、転載したものです。エントリーはこちら。
公認会計士、イージフ取締役。国際基督教大学教養学部社会科学科卒業。朝日監査法人(現あずさ監査法人)を経て、投資会社にて事業再生事業、M&Aなどに携わる。2006年より現職。決算早期化、国際会計基準対応支援プロジェクトなど、さまざまなコンサルティング分野で活躍。著書に『現場で使えるIFRS導入の実務』(日本実業出版社)。
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