「ビッグデータという言葉は好きではない」ロータスF1チーム、ハックランドCIOComputer Weekly

マシンの設計やレースシミュレーション、テレメトリーシステムのリアルタイム分析など、あらゆる分野でITを駆使するF1チーム。ロータスF1チームはどのようなシステムを使っているのか、ハックランドCIOのインタビュー。

» 2013年06月26日 10時00分 公開
[Cliff Saran,ITmedia]

 ロータスF1チームのCIO、グラエム・ハックランド氏は、16年間にわたりこのレーシングチームのために働いてきた。その間、トラックの中でも外でも、ITの活用方法が大きく変わっていくのを目の当たりにしてきた。

 ネットワークエンジニアとしてキャリアを始めたハックランド氏は、仏Renaultがチームを引き継いだ時点では、ITインフラストラクチャマネジャーになっていた。

 チームの本拠地は英国オックスフォードシャーにあり、現在ハックランド氏は、そこでほとんどの時間を過ごしている。

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 設計、製造、風洞システム、車の空気力学を最適化するための数値流体力学(CFD)シミュレーションを実行するスーパーコンピュータなど、チームに必要なITを支えるアプリケーションとインフラストラクチャを整備するのが、ハックランド氏の仕事だ。同氏はセキュリティも担当し、上級管理職チームの一員でもある。

 ハックランド氏は昔を振り返って言う。「チームに入ったころは、主に大型のUNIXシステムでCADを実行し、UNIXワークステーションをレースに持って行ったものだ。5台のノートPCをトラックに持ち込み、工場では緑の文字の端末を使っていた」

先行してテクノロジーを導入

 しかし、F1は非常にテクニカルだ。前述の取り合わせは現在の標準からすると原始的に見えるが、F1に長年携わるハックランド氏によると、「F1は常にどこよりも先駆けてITテクノロジーを導入している」という。

 ハックランド氏自身はビッグデータの大ファンではないが、F1での成功を左右するのは高速データ分析に尽きることを認めている。

 車のデータは、以前は1枚のFDに収まっていた。今ではF1マシンからGバイトのデータが生み出される。

 「ビッグデータという言葉は、混乱を招くので好きではない。われわれにとってのビッグデータの課題は、空気力学データやCADデータなど、複数のデータセットを使って車のパフォーマンスを引き出すことだ」とハックランド氏は語る。

 このような分析は、レーストラック内にとどまらない。

 「金融サービス業のリアルタイムデータ分析との共通点が多くある。トラック内では長くても90秒以下で、数百件のパラメータの分析を基に決断をしていかなければならない」とハックランド氏は話す。このパラメータには、タイヤ圧、天候の状態から、ライバルチームの位置やそのタイヤ戦略など、あらゆる項目が含まれる。

 ロータスF1チームでは、サイロ化したシステムに換えてMicrosoft Dynamicsを使用し、製造プロセス全体を一元的に管理している。ITコンサルティング企業の米Avanadeにソフトウェアの開発とテストを委託している。ソフトウェアは、サービス指向アーキテクチャ(SOA)で、Microsoft .NETを使って構築されている。

 同チームでは、Dynamicsなど市販のソフトウェアも利用しているが、競争優位性を高められる場合は、独自開発したシステムを利用している。

 「CFD、風洞、統計、統計分析などで、競争優位性を高められると判断した場合は、ソフトウェアを独自に開発する」とハックランド氏は言う。

 ロータスF1チームでは、データ分析機能の改善を図り、現在、あるシステムの開発にも力を入れている。

 Avanadeは、エンジニアリングとデータをMicrosoft Dynamicsに連携させる「Strategy」というシステムの開発に取り組んでいる。Strategyは、レース情報、エンジニアリングおよびシミュレーションデータを処理する統計エンジンで、車とレース戦略の継続的な調整を可能にする。

 同システムを使うことで、PLM(製品ライフサイクル管理)、ERP、レース情報アプリケーションを包括的に管理できるようになる。

分析の能率化

 ハックランド氏は、CADとMicrosoft Dynamicsの連携を計画している。連携できれば、エンジニアリングデータを使って車のパフォーマンスの分析を能率化できるだろう。

 「現在はかなり手作業が多く、全てのデータをまとめるのに数日かかる」とハックランド氏は説明する。DynamicsとCADが連携すれば、データ分析速度は上がるだろう。

 ハックランド氏によると、このようなデータ分析をしなくても、1レースなら勝てる可能性はあるという。しかし、F1チャンピオンシップの場合は、Strategyのようなソフトウェアを使って、シーズンを通してマシンを改良できるようにする必要がある。

 ただしStrategyは、今よりも2014年のシーズンに重要になるだろう。

 ハックランド氏は次のように説明する「2014年は1.6L V6ターボエンジンの使用が義務付けられるなどのレギュレーション変更があるため、Strategyソフトウェアは次のシーズンに極めて重要になる」

 「前シーズンのデータは、そう簡単には参考にできなくなる。ほぼ最初からやり直しになるだろう」

 ハックランド氏はさらに、レース中の分析の様子を話す。「敵の動向も含めて、数百項目のパラメータを分析する。データのサブセットは、車から無線でリアルタイムに送られてくる」

 「パンクなどの警告を監視している。Strategyシステムは、このデータを使ってレースのシミュレーションを3分置きに実行する」

 F1マシンは、フルスロットルで1レース走りきれるほどの燃料を積んでいないため、「燃料をレースの最後まで持たせる方法を分析する必要がある」(ハックランド氏)という。

勝利をもたらす戦略

 2013年のオーストラリアグランプリ(メルボルン、決勝3月17日)では、レース戦略がキミ・ライコネン選手の優勝をサポートしたとハックランド氏は言う。「タイヤマネジメントが非常にうまくいった。キミはピットストップを3回ではなく2回で済ませることができた」

 分析の大半は、トラックサイドでリアルタイムに実行される。ただし、ロータスF1チームでは現在、工場からリアルタイムにデータを処理できる専用の部屋を本社に準備している最中だという。英国のブロードバンド事情を考えると、数年前ならこれは実現できなかっただろう。

 ハックランド氏は、「本社はイングランドのど田舎にあり、周辺には産業がない。以前は、通信に苦労した」と話す。

 「しかし、現在は可用性が高い専用の10Mbps回線がある」

 これだけの接続の信頼性が得られたことで、クラウドサービスの利用が真剣に検討されるようになった。

 「電子メールやCRMなど、分かりやすい機能をクラウドで運用し始めたが、レーシングチームのロジスティクスの面で非常に大きなメリットがありそうだ」

 レースが終わるたびに、全てのIT機器を荷造りしてオックスフォードシャーに送り、それから次のレース場に送っている。機器の輸送中はソフトウェアを更新できないため、レースの準備が始まる前にシステムを構成するための時間が1日しか取れない。

 「レース前の水曜日まで、アプリケーションを更新できない。それより前に更新を処理できたら、かなり楽になる」(ハックランド氏)

 クラウドコンピューティングは、それを実現しやすくする。とは言うものの、グローバル通信リンクで障害が起きた場合に備えて、トラックサイドで使う物は全て、スタンドアロンで実行する必要があることをハックランド氏は認めている。

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