ルノー F1 チームの“機動力”を高めたワークステーション導入事例

F1マシンの開発が厳しく制限されるようになり、ITを駆使して競争力の高いマシンを実現しなくてはならなくなった。ルノー F1 チームとHPは、最新の機器を活用して現場業務の改善を図っている。

» 2010年11月17日 08時00分 公開
[國谷武史,ITmedia]

 自動車レースの最高峰として知られるF1は、かつて巨額の資金を投じてレースカーの開発が行われていた。しかし近年は、その高騰ぶりから実車を使った試験走行やエンジンの開発・利用が制限されるなどのコスト削減が厳しく求められている。その課題をITでいかに乗り越えるか――F1に参戦するRenault F1 Teamと、同チームとパートナーシップを結ぶ米Hewlett-Packard(HP)がワークステーション製品の導入事例を紹介した。

 Renault F1 TeamとHPのパートナーシップは2009年にスタートした。当初は技術面での関係だったが、現在ではRenault F1 TeamがITシステム全般をHPが提供するほか、ビジネス面でも深い関係を築いている。HPが提供する製品やシステムは、レースカーの開発以外にもメールなどのコミュニケーションインフラ、また、セールスやマーケティングといった一般業務でも広く利用されているという。

IT分野でパートナーシップを結ぶRenault F1 TeamとHP

 同チームには、車体開発を行う英国とエンジン開発を行うフランスの2カ所に拠点があり、さらに選手権シーズン中には世界19カ所のサーキットを移動する。シーズン中は英国とフランス、サーキットの3拠点を常に結んで、レースカーの開発や調整、レースでの戦略立案などの業務を行っている。

 レースカーの開発では、製造したレースカーが初めから設計通りの性能を発揮することは、まずない。従来は工場のコンピュータ上で一通りシミュレーションを行い、その分析結果をテスト走行で確認するという作業が行われてきた。冒頭に挙げたように、レースカーの開発を取り巻く環境は厳しくF1を主催する国際自動車連盟によるコスト削減の要請や、世界的な景気後退に伴うスポンサーのF1離れもある。F1マシンのテスト走行は、1回当たり数千万円ものコストがかかると言われ、資金に余裕のあるチームでは年間に数十回もテストが行われた。現在では一律にテストが規制されたことで、どのチームも可能な限りシミュレーションを駆使し、“ぶっつけ本番”のレースでそれを確認するとう状況だ。まさにIT頼みという時代に変わりつつある。

現場力を高めるワークステーション

Renault F1 Team ITマネジャーのマイケル・テイラー氏

 HPが提供するものの中で、現場業務にとって不可欠となっているのがワークステーション製品である。Renault F1 TeamでITインフラ全般の運用を担当するITマネジャーのマイケル・テイラー氏は、「1000分の1秒を争うF1の世界では、1秒でも業務時間を短縮するような生産性と効率性が求められる」と話す。

 Renault F1 Teamが使用するワークステーションは、デスクトップ型の「HP Z600」と「HP Z800」、モバイル型で、英国とフランスの両拠点に約300台、サーキットには約50台を配備されている。いずれも市販品モデルだ。オフシーズンのマシン開発は英国とフランスで行われ、シーズン中はこれにサーキット側のチームが加わる。

 レースカー開発のシミュレーションで特に鍵を握るのが、空気抵抗を減らすための車体デザインである。テスト走行が制限されている現在は、コンピュータによるシミュレーションや模型を使った風洞実験に頼らざるを得ず、シミュレーションの精度がレースカーの性能を左右する。「最新のワークステーションを導入したことで、より多くの解析業務が可能になった」(テイラー氏)という。

 シーズン中では、レースカーの継続的な開発に加えて、サーキットの環境に合わせた調整もワークステーションで行われる。レースカーには約250種類のセンサーが搭載され、センサーからの情報と天候や路面状況、ドライバーの感覚まで、さまざまな情報からレースカーにとって最適な設定値を短時間で算出しなくてはならない。

 サーキットには、ワークスステーション以外にも40台近いサーバや15テラバイトのストレージも持ち込まれる。現場のデータに加え、過去2年分のレースデータも加味して分析を行わなくてはならず、英国とフランス、サーキットがリアルタイムにデータを共有しながら、3600通りものシミュレーションパターンをわずか2分で作成するという。レースの戦略担当者は、シミュレーションデータを基に搭載する燃料量やタイヤ交換のタイミングなどのプランを検討し、決勝レースを勝ち抜くための戦略を立案する。

ITコストの削減

 F1におけるコスト最適化の要請は、レースカーの開発だけでなく、IT環境にも例外なく突き付けられている。

 テイラー氏によれば、例えばワークスステーションでは、従来はUNIXベースのマシンを使用していたが、現在はWindowsベースに変更している。これによる効果は約130万ポンド(約1億7200万円)で、その分をレースカーの開発予算に割り当てることができた。スタッフの業務生産性も約20%の向上が図られたという。

 「汎用的な製品とすることで、非常にシンプルなITインフラを構築することができた。スタッフの業務がある程度平準化され、仕事に専念できる時間が増えたと評価されている」(テイラー氏)。また、CADなどの業務アプリケーションはパッケージシステムと自社開発のシステムを併用している。コストの最適化によって自社システムの開発に割り当てる投資を拡張したほか、パッケージもベンダーとの協業を通じて改善を行うなど、ライバルチームと差別化を図る取り組みの原資になっている。

 Renault F1 Teamとのパートナーシップについて、HPでクライアントソリューションなどを担当するバイスプレジデントのアネリーズ・オルソン氏は、「F1のような厳しい環境が製品開発に果たす役割は非常に大きなものであり、Renault F1 Teamと共同作業は重要なテーマになっている」と話す。同社ではF1以外にも製造など多くの分野の企業と、同様のパートナーシップを締結している。HP製品の評価についてテイラー氏は、「100満点で90点以上の満足度だ。HPには満点を実現する製品を開発してほしい。ユーザーとしても協力したい」と語る。

 Renault F1 Teamにおける今後の取り組みについて、テイラー氏はサーバ仮想化などを挙げ、やはりHPの存在が不可欠であると話している。

変更履歴……初出時に「効果は約5300ポンド」との記述がありましたが、正しくは「130万ポンド」です。記事を訂正いたしました。深くお詫び申し上げます。

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