農業を支えるクラウドで「日本品質」を世界に日本酒にベビーリーフ

2008年ごろから食・農分野に本格的に参入した富士通は、現在数百社に対してクラウドサービス「Akisai」を提供する。そこから得られた知見を基に、日本の農業品質のさらなる向上を図る。

» 2014年09月10日 08時00分 公開
[伏見学,ITmedia]

 農業分野におけるITの活用が本格化している。

 海外でも人気の日本酒ブランド「獺祭(だっさい)」を販売する旭酒造は、原料である酒造好適米「山田錦」の生産段階にITシステムを利用し、収量の増加につなげる施策を推し進めている。また、和歌山県有田市でみかん農園を営む早和果樹園では、気象データや生育データなど多様なデータを分析して効果的な栽培ノウハウを蓄積。高品質なブランドみかんの収量比率を従来の24%から60%へと上昇させた。滋賀県彦根市で米や麦などを生産するフクハラファームも、データ活用によって田植え作業を30%効率化した。(関連記事:「山田錦」の安定調達にクラウドを活用 旭酒造と富士通

 実は、彼らは同じITシステムを導入している。それは、富士通の食・農クラウドサービス「Akisai(秋彩)」だ。Akisaiは企業的な農業経営を支援するサービス体系で、大きく経営、生産、販売の3領域に分かれている。経営では「経営管理」「農業会計」の機能を、生産では「農業生産管理」「施設園芸・環境制御」「土壌分析・施肥設計」「圃場センシングネットワーク」「牛歩」「肉牛生産管理」といった機能を、販売では「農産加工販売」「集出荷販売」の機能を提供する。加えて、「イノベーション支援」というコンサルティングサービスも用意する。2012年にサービス開始し、現在までに約250社が採用しているという。

経験と勘からの脱却

 農業に対する富士通の取り組みは数年前にさかのぼる。当時、同社では次代のビジネス戦略を検討しており、環境やエネルギー、ヘルスケアなど社会的なテーマが挙がった。そのうちの1つ、食糧問題を解決する上で農業の発展が不可欠であり、富士通の事業としても取り組むべきだということになった。

富士通 イノベーションビジネス本部 ソーシャルイノベーションビジネス統括部 シニアディレクターの若林毅氏 富士通 イノベーションビジネス本部 ソーシャルイノベーションビジネス統括部 シニアディレクターの若林毅氏

 そこで、2008年10月から全国10カ所の農業法人と実証実験をスタート。その中で重視したのは“儲かる仕組み”を作ること。つまり、1つ1つの農家が企業的な経営を行うことである。そのために必要だと考えたのがデータの活用だ。現場での作業実績や生産履歴、生育情報、あるいはセンサーから得られる農場の気温、湿度、日射量など、あらゆるデータを収集、分析して経営に生かしていく。

 基となるデータの生成においても工夫した。これまでも農業現場では生育情報などを記録していたが、手帳に記入するなどアナログなデータだった。そこで富士通のサービスでは、スマートフォンやタブレット端末を利用。さらにITスキルを問わず現場で誰もが容易に使える操作感や入力方法にした。

 「これまで経験と勘に頼っていた部分を数値データに変換することでノウハウを“見える化”していった。これによって、経験の少ない若手生産者でもベテランの知見を得ることができ、品質の底上げを図ることができた」と、富士通 イノベーションビジネス本部 ソーシャルイノベーションビジネス統括部 シニアディレクターの若林毅氏は力を込める。

日本発の施設園芸システム

 Akisaiでは、センサデータなどを用いて遠隔から施設園芸の環境を管理するソリューションも提供する。施設園芸とは、温室やビニールハウスなどの施設を利用して農作物などの栽培を行うこと。「施設園芸SaaS」によって温室とクラウドをつなぎ、PCやモバイルから施設内の機器のリモートコントロールや、温度や湿度、二酸化炭素量などの環境を監視できる。

 この施設園芸における環境制御を実現する自律分散型システムとして採用しているのが、日本発の標準規格「ユビキタス環境制御システム(UECS)」である。UECSは農林水産省の「先端技術を活用した農林水産研究高度化事業」の成果として生まれ、従来の集中管理型に比べ、低い導入コスト、設置の容易さ、メンテナンス性の良さで優れているのが特徴だという。2006年にはUECS研究会が立ち上がり、富士通もメンバーとして名を連ねている。

 それに関連した活動として、UECSを活用した企業が得意分野で連携する先進モデルの確立を目指す「スマートアグリコンソーシアム活動」が2012年7月に発足。2014年8月時点で88社が参加する。

 UECSを導入した事例も相次いで登場している。JR九州ファーム宮崎では、新たな品目として促成ピーマン「グリーンザウルス」を栽培するにあたり、富士通グループによる施設園芸のICT化支援を受けている。農地面積2.1ヘクタールを少人数で運営しながら、5年後に年間収量250トン、販売額1億円を目指す。また、ベビーリーフを日本一生産する熊本県の果実堂では、365日受注状況に合わせた安定的な生産、出荷をAkisaiで実現。年間10期作で計5000回(550トン)の栽培データを集約、活用し、季節ごとに異なる最適な栽培環境を構築している。

 今後、富士通ではクラウドサービスによって収集された大量のデータを分析し、ノウハウとして蓄積したものを、さまざまな農業生産者に幅広く提供していく考えである。将来的には、ここで確立した“日本品質”の食・農サービスをグローバルに展開していきたいとした。

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