変化に強いのは、”小売企業であり、技術企業だから” 米Walmart CIOのトレル氏SAPPHIRE NOW 2015

積極的なIT投資で知られる米WalmartのCIOが、SAPの年次イベントでIT戦略に言及して注目を集めた。次々と出てくる課題にスピーディーに対応するためにも、技術企業であることが重要だと話す。

» 2015年05月14日 09時00分 公開
[末岡洋子ITmedia]
Photo 米Walmartの“攻めの情シス頭”、キャレナン・トレル氏

 「技術面で“大きな変化の時”にある今、IT関連の取り組みや提携について話をすることが大切になってきた」――。これまで、自社のイベント以外でスピーカーとして登壇することがほとんどなかった巨大企業のCIOが、SAPのイベント「SAPPHIRE NOW 2015」でIT戦略に言及して注目を集めた。

 その企業の名は年商4856億ドルの米Walmart。言わずと知れた世界最大の小売企業だ。これまで自社のIT戦略を公にすることがなかった同社が、なぜ今、口を開いたのか。SAPのグローバルカスタマーオペレーション部門を率いるロバート・エンスリン氏に問われた米WalmartのCIO、キャレナン・トレル氏は、「技術コミュニティの間で学び合うことが重要になってきたため」と答えている。

 小売業界は今、大きな変化の時期にあり、米Walmartもそうした流れと無縁ではない。Amazonなどのインターネットコマースの台頭、ソーシャルメディアとモバイルがもたらす顧客の購買行動の変化などが、従来型の小売企業を脅かしているからだ。米Walmartがネットから進出してきたプレイヤーと戦っていくためには、SAPをはじめとするITベンダーとの連携による戦略が重要になる。

Photo 左からWalmart CIOのキャレナン・トレル氏、SAPのロバート・エンスリン氏、バーンド・ロイケ氏

膨大な顧客データをリアルタイムで解析、“データ主導の小売企業”に

 米Walmartは世界に1万1000店以上の拠点を持ち、そこには週平均で2億5000万人の顧客がやってくる。最近はEコマース部門も強化しており、ネットでの存在感も高まっているという。IT化にも積極的で、クラウド型の人事・タレントマネジメントサービス「SuccessFactors」の採用企業としても知られる。

 SAPとの縁は、全社レベルでコスト削減を検討していた2007年に財務モジュールを導入したのが始まりだった。「バックオフィスシステム、サプライチェーンなど、あらゆる面から全体のコストを下げる方法を検討する必要があった」(トレル氏)というこの作業は、従業員220万人を抱え、取引高が兆ドル規模にのぼる同社にとって大きなチャレンジだったという。

 この改革でWalmartがこだわったのが、トランザクション処理のスピードだ。SAPは、「同時ユーザー5000人、5億件のトランザクションレコードを1秒以内で処理する」というWalmartのリクエストに、インメモリによる高速処理をうたうSAPのデータベースとプラットフォーム技術「HANA」、分散処理の「Hadoop」の組み合わせで対応したという。

 バックオフィスでスタートした技術改革は、分析結果を分かりやすく視覚化するという点でフロントオフィスにも大きな影響を与えた。「超高速で得られる分析結果を、リアルタイムで手に入れることができた。HANAは単にERPにどんどんデータを流すだけではなく、実にさまざまな機能を備えていることが分かった」とトレル氏は振り返る。SAPのエグゼクティブボードメンバーでプロダクト&イノベーションを担当するバーンド・ロイケ氏は、この一連のWalmartの取り組みを、「データ主導の小売業への転身」と賞賛した。

“崩壊する側”にならないために重要な“スピード感”

 トレル氏が強調するのは、「ビジネスを変えるのは、技術そのものの変化ではなく、アプリケーションとイノベーションである」という点だ。例えば、HANAはこれまで不可能だった高速なデータ処理を可能にするが、重要なのは、その力を利用して“どのようにビジネスを変えていくか”だと話す。

 以前は、各地の拠点で起こっていることをリアルタイムで把握するのが難しかったが、今では「中国、インドといった世界各地で何が起こっているかを、すぐに把握できるようになった」とトレル氏。顧客やパートナーの状況も分かるようになり、迅速に施策を打てるようになったのは大きいと話す。「バックオフィスのSAPは、技術とビジネスが同期するときに最大のインパクトをもたらす」(トレル氏)

 ベンダーと良好な信頼関係が築けているのも、Walmartが成功した要因といえそうだ。トレル氏は、SAPを選んだ理由の1つに透明性を挙げる。「SAPの技術の深い部分まで、しっかりと見ることができた。次の製品や機能などの情報についても透明性があった」(トレル氏)。また、SAPの技術トップ、バーンド・ロイケ氏と最初に会ったときの印象が「腕組みをして黙って座っている典型的なドイツ人の開発者だった」と明かすなど、両社が深い信頼関係の下に作業や議論を進めてきたことを伺わせた。

 興味深いのは、トレル氏がWalmartについて、”小売企業であり技術企業”と例えている点だ。「技術業界ではあちこちで崩壊が起こっており、(さまざまなことに対して)スピード感をもって対応することが大切。何もしなければ崩壊する側になる」(トレル氏)。次々と出てくる課題にスピーディーに対応するためにも、高いスキルを持つ優秀な技術者がますます需要になってくるとし、会場に集まった技術者に「皆さんは難しい課題の多い仕事をしている。技術界には皆さんのような人がもっと必要」とエールを送った。

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